第48話 【呪物】


「クーちゃん急いで! もっとスピード出ないの!?」


「焦らないでくださいリッド。どうせ彼らは逃げたりしませんよ」


 どうせ私たちを舐めてるんですから、と微妙にシラケた言い方で僕を窘めるクーデルカ。


 ――僕は今、クーデルカの杖に相乗りして一緒に上空を飛行中。


 絶賛ボリヴィオ伯爵の屋敷へ向かっている。


 そんな中で、落ち着きを崩そうとしないクーデルカに対し――僕の胸中は怒りに震えていた。


 ……どうして怒っているのかって?


 それは、あの執事から聞いたからだ。


 ボリヴィオ伯爵とグレガーが、これまでなにをしてきたのか。


 そして〝呪言のような何か〟の正体とは、一体なんなのかを――。




 ▲ ▲ ▲




「その指輪は……〝領域宝具〟です……」


 虚ろな目をして、執事が言った。


「……やっぱり」


 深いため息を混ぜ込みながら、クーデルカはそんな言葉を口から漏らす。


「当たってほしくない予想が当たってしまいましたよ……。あぁ~もぉ~、どうしてこう面倒事を起こしたがるんですか、人類って種族はぁ~」


「……? クーちゃん、〝領域宝具〟ってなに?」


「文字通り、物体の中に特殊な領域――つまり異空間が存在するお宝のことですよ。例えば、尋常ではないほど膨大な量のアイテムを貯蔵したりできるんです」


 ほえ~、そんな便利な物があるんだ。


 なんだろう……例えるならアレかな?


 ゲームによく登場するアイテムボックスとか、日本では国民的アニメとされていた某作品の四○元ポケットみたいな感じなのかな?


「なんだか凄く便利そうだねぇ。いいなぁ〝領域宝具〟、僕も欲し――」


「それと……〝領域宝具〟は何者か・・・を閉じ込めておく、檻のような使い方もできるんですよ」


「……え?」


「領域内に結界を張れば、〝封印石〟と似たような効力を発揮すると思ってもらって結構ですね」


 もっとも、あちらと比べても殊更に貴重な代物ですが――と彼女は真剣な、いや深刻な声で言い加える。


 ――封印石だって?


 まさか、ここでその名前を聞くとは思わなかった。


 忘れもしない。


 三年前、フォレストエンド領で起きた〝【呪霊】事件〟。


 領内の山奥に設置されていた封印石が魔術師によって破壊されたことで、特級の【呪霊】が覚醒。


 あわや大惨事になる寸前だったのだ。


 あの時は【呪霊】化した少女に僕の声が届いて、成仏してくれたからよかったものの……。


 そんな封印石と同じ使い方ができる物体。


 ――なんだか、嫌な予感がした。


 僕はゴクリと息を呑み、


「な、何者かって、それじゃあ人を閉じ込めることもできるってこと……?」


「人――というか、生物だけに留まりません。コレは、実体を持たない魂や魔力だけの存在でも封じることができます」


 どこか忌々しそうに指輪を見つめたクーデルカは、改めて執事へと振り向き、




「……この指輪の中には――【呪霊】が閉じ込められていますね?」




 単刀直入に、そう問うた。


「……はい……その指輪の中には……第一級の【呪霊】が……封じられています……」


「――ッ!」


 執事の返答を聞いた僕は、自分の胸の奥がドクンと脈打つのを感じた。


「やはり……あなたたちに〝呪言〟の真似事ができたのも、【呪霊】のお陰ですか」


「ま、待って!? どういうことなの!? 言ってる意味がよくわから――!」


「指輪の中の【呪霊】を……強制的に……操っていたのです……」


「は……?」


「グレガー様の魔術で……【呪霊】を支配し……魔力を使わせて……〝呪言〟の真似をしていたのです……」


 焦点の定まらない目で、口元からダラリと涎を垂らしながら、彼はそう言った。


 ――彼の放った言葉は、あまりに信じ難い内容だった。


 一瞬、嘘を吐いてるんじゃないかと疑ったほどだ。


 でもしっかり幻惑チャームはかかっている。


 嘘を言っているようには見えない。


「じゅ……【呪霊】を支配って……そんなこと……」


「可能、と聞いたことはあります」


 独り言のように呟いた僕に、クーデルカは答えてくれた。


「『グラスヘイム王国』の東端の、そのさらにずっとずっと向こうの、大陸の果てにある極東の国。そこに【呪霊】を支配・操作する術を扱う〝霊幻道士シャーマン〟という者たちが存在すると、大昔に聞いたことがあります」


「それじゃあグレガーは……!」


「〝霊幻道士シャーマン〟の術を会得しているのかもしれませんね。まったく、それほどの男が今までどこに潜んでいたのやら……」


 彼女は後頭部をポリポリと掻くと、


「……リッド、以前〝呪いまじない〟に関して話したのを覚えていますか? 〝呪〟という単語には特別な意味がある、と」


「うん……覚えてる」


「この指輪のように強大な魔力がモノの中に封じ込められ、着用するだけで誰でも禍々しい力が扱えてしまう厄介な代物――というのは、永い歴史の中で度々生み出されてしまうんです」


 指輪を人差し指と親指で掴んだクーデルカは、それを僕へと見せてくる。


 暗く淀んだ宝石が、よく見えるように。


「『魔術協会』では、こういった類の物をこう総称しています――――【呪物じゅぶつ】〟、と」


「【呪物】……」


「【呪物】も階位がありましてね。この指輪はおおよそ第一級の【呪物】といったところですか」


 ――【呪霊】を閉じ込めた、【呪物】という指輪……。


 そして【呪霊】を支配する術……。


 そんなモノがあるのなら、非魔力保持者であるこの執事が〝呪言のような何か〟を扱えたのは納得できる。


 でも――なんだかまるで、【呪霊】を完全に道具として扱ってるみたいじゃないか……。


「無理矢理に魔力を使わせられて……【呪霊】はつらくないのかな……?」


「……当人にでも聞いてみないことには、ハッキリとしたことはわかりません。ですが……」


 クーデルカは、若干言い難そうに口籠る。


「実体を持たず、魔力の塊として現界し続けている【呪霊】にとって、魔力の消費は身を削るような感覚のはず。それを強制的に何度も使わされているのは……もはや想像を絶する苦痛かもしれませんね」


「――ッ」


 忘れてなどいない。

 忘れることなんてできない。


 三年前のあの時、【呪霊】が見せてくれた絶望と怨嗟を。


 あの――痛い、つらい、悲しい、憎い、と訴えるような声を。


 【呪霊】は……ただの犠牲者かもしれないんだ。


 勿論、フォレストエンド領に封印されていた【呪霊】はかつて災厄をもたらし、大勢の命を奪った。


 それは擁護のしようがない。


 この指輪に閉じ込められた【呪霊】だって、過去に同じ惨劇を引き起こしている可能性はある。


 あるいは、これから悲劇を生んでしまうかもしれない。


 彼女たちにとって、もはや人間は〝敵〟のはずだから。


 封印するか退治するか。

 僕らはそのどちらかを選択しないといけない――その事実に変わりはない。


 でも、もし指輪に封じられた【呪霊】に、フォレストエンド領で会った少女のような過去があったら?


 もし、貴族に迫害された末に命を落とした者だったら?


 【呪霊】になってしまうほど激しい憎悪を抱く理由が、不条理に命を奪われたからだったとしたら?


 無論、真実は見せて・・・もらうまでわからないよ。


 だけど、最初から無視してもいいのかな?


 ……人に害を成す存在に、情などいらない?


 ……【呪霊】は【呪霊】だから、どれだけ無下に扱ってもいい?


 ――それは、違うんじゃないかな。


 それは僕の目指すべき姿じゃない――僕がなりたい貴族の姿じゃない気がする。


 話を聞いてあげられるなら、聞くべきなんじゃないかな。


 言葉を届けられるなら、届けるべきなんじゃないかな。


 だって、僕の〝呪言〟にはそれができるんだから。


 フォレストエンド領のあの少女にも、言葉が届いたんだもの。


 仮に退治するか封印するか、そのどちらかという結末しかなかったとしても……そういう気持ちを持って向かい合う〝心〟が大事なんじゃないかって。


 僕は――そう思うんだ。


「……クーちゃん、ボリヴィオ伯爵の屋敷へ行こう。あの二人を止めなくちゃ」

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