第42話 お酒は飲んでも飲まれるな


「ねえクーちゃん、よかったの? グレガーさんたちを放っておいて……」


 ボリヴィオ伯爵の屋敷を後にした僕たち一行。


 街の中を歩きながら、僕はクーデルカに尋ねる。

 すると、


「いや、駄目ですね」


 なんともキッパリと彼女は答えた。


「へ?」


「リッドもピサロもカティアも、皆気付いていたでしょう? アレは〝呪言〟じゃありません。もっと別の〝なにか〟です」


「ああ、そうだな」


「わ、私もなんとなく違和感は感じていました……」


 同意するピサロとカティア。


 ピサロは早い段階から気付いていたが、どうやらカティアも感じ取っていたらしい。


 じゃあ皆グレガーが【呪言使い】じゃないって気付いてたんじゃん……。


「怪しいなんてレベルじゃありませんよ。彼のことはもっとよく調べる必要がある」


「じゃ、じゃあどうして屋敷から出てきたのさ……?」


「リッドは如何にも怪しげな術を使う輩と、一緒に晩餐を楽しみたいと思いますか?」


「……思わないけど」


「そういうことです」


 クーデルカは当然だとばかりに言うと、


「……それとボリヴィオ伯爵のことも気がかりです。少し街で聞き込みをしてみましょうか」


 キョロキョロと辺りを見回しながら街の中を歩くクーデルカ。


 すると、


「よぉー! あの時のチビ共じゃねぇか!」


 いきなり声をかけられる。


 僕たちを呼び止めたのは、ごく普通の街人という感じのおじさんだった。


「え? 僕たちのこと?」


「おう! さっきは火事を解決してくれてありがとなぁ!」


 あぁ――さっき僕が〝呪言〟で火事を消すところを見てた人か。


 おじさんが僕たちを見つけるや否や、他の街人も一斉にこちらに気付き始める。


「お、ようやく領主様の屋敷から戻ってきたか!」


「こっち来いよ! 一緒に飲もうぜ!」


「火を鎮めてくれた礼だ! 奢らせてくれよ!」


 僕たち四人はさっきと同じようにあっという間に街の人々に囲まれ、身動きが取れなくなる。


 そしてあれよあれよという間に酒場の中に連れ込まれてしまった。


 ……僕らまだ六歳なんですが?


 お酒なんて飲めないんですけど?


 いやまあクーちゃん先生は別だけどさ。


「そんじゃ、新たな〝奇跡〟の使い手様を祝してカンパーイ!」


「「「うおおぉー!」」」


 テーブルの上にこれでもか!と並べられた

大量の料理。


 さらに席に着いた僕たちを囲んで、周囲ではおじさんたちが樽ジョッキ片手に乾杯を始める。


「エルフの嬢ちゃんたちも〝奇跡〟の使い手様のお連れ様なんだな! さあ飲みねぇ!」


「い、いえ、お気持ちはありがたいですが私は引率者なので――むぐぐっ!?」


「固いコト言うなって! エルフは皆イケる口って聞いたぜ! ほれグイっと!」


 半ば無理矢理に口へお酒を流し込まれるクーデルカ。


 あ~あ~もう……。


 それ現代日本だったらアルハラで一発アウトだよ?


 会社の忘年会じゃないんだからさ……。


 なんか社畜時代の自分を思い出して複雑な気持ちになるよ……。


 いたんだよねぇ、無礼講だからって酔っぱらって暴れる上司……。


 うぅ、思い起こす前世の負の記憶……。


 っていうかさぁ、子供囲ってお酒飲むなって。


 アルコールリテラシー低すぎるでしょ!


 ……なんて、ファンタジー世界の住人に言っても無駄だよね……。


「さあ、他のお三方も食べて食べて!」


「あ、ありがとう、ございます……?」


「美味い、美味い」


 困惑気味にジュースが注がれたコップを握るカティアと、パクパクと料理を口に運んでいくピサロ。


「……ピサロ、キミって意外とよく食べる子だったんだね……」


「食べないと大きくなれない。大きくなれないと強くなれん」


 彼は相変わらずの無表情のままどんどん料理を口に放り込んでいく。


 いや、それはそうかもだけど。

 食べる子は育つと言うけれど。


 でもなにその「デカい物は強い」みたいな理論。


 ピサロって案外脳筋……?

 それに大食漢ってのも意外だし……。


 こんなにスリムな身体の、一体どこにカロリーが消えてるんだろう……?

 

 ちょっと羨ましい、なんて思ったり。


 ――と、ともかく、どうにかしてこの場から抜け出さないと。


 このままじゃグレガーとボリヴィオ伯爵の調査なんてできそうもない。


「ク、クーちゃん、どうしよう……?」


「んぅ~? いぃ~んじゃないれひゅかぁ~? とぉっても楽ひぃれひゅよねぇ~?」


「!? ちょっ、クーちゃん!?」


「むっふっふゅわぁ~! やっぴゃりお酒は美味ひいれひゅねぇ~!」


「お! エルフの嬢ちゃんいい飲みっぷりだねぇー! ほれ注いでやるよ!」


「うひょ~! お酒がいっぱいれひゅ~!」


 どんどん樽ジョッキにお酒を注がれ、それをグビグビと喉に流し込んでいくクーデルカ。


 ――酒乱!


 いつの間にか完全に出来上がっちゃってるよ!

 クーちゃんってこんなにお酒に弱かったの!?


 し、知らなかった……!


 フォレストエンド領で一緒に過ごしている時は、そんな様子微塵もなかったのに!


 で、でもよく考えれば、父も母も全くお酒を飲まない人たちだったわ……。


 ただでさえ生活に余裕がなかったってのもあるけど……。


 ヤ、ヤバい。

 どうしよう。


 引率の先生がこの状態じゃ、もう収拾が……。


「――あ、あの、〝奇跡〟の使い手様……」


 僕が困っていると、幼い子供を連れた女性が僕の傍にやって来る。


 その顔に、僕はなんだか見覚えがあった。


 確か火事になった建物に取り残されてた親子だ。


「先程はお助け頂き、本当にありがとうございました……! あなた様は命の恩人でございます……!」


「そんな、僕は当たり前のことをしただけで――」


「そ、それで……私たち親子は、貴方様にどれほど〝献金〟すればよいのでしょうか……?」

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