第41話 本当にタヌキ爺なんですから


《クーデルカ・リリヤーノ視点Side


 ――私たちがケイモスヒル領を訪れる少し前、


「【呪言使い】がもう一人現れたぁ~?」


 教頭室の中で、私は思わず「はぁ~?」と気の抜けた声を上げてしまいます。


「そうらしい。キミにはその人物を調査してほしいのだ。これは『魔術協会』からの依頼でもある」


 えらく生真面目な感じで、両手の指を組みながら静かに言うオフラハティ教頭。


 私は「頭大丈夫ですかこの人類ヒューマン」と口から出そうになった言葉をグッと飲み込み、


「いや、調査するまでもないでしょーが! 百パーセント、なんなら千パーセント偽物ですから! 絶対!」


「そんなことはわかっている。本物か偽物かを調査しろと言っているのではない」


「? というと……」


「――『魔術協会』になんの報告もないのじゃよ、その【呪言使い】に関してな」


 その時、教頭室に年老いたエルフが入って来る。

 

 テオドール・ヴァルテン校長だ。


「ゲッ、出ましたねクソじじい


「これこれ、テオドール校長と呼ばぬか。相変わらず口の悪い娘っ子じゃのう」


 苦虫を嚙み潰したような顔をする私を見て、「ホッホッホ」と陽気に笑うテオドール校長。


「そうだぞクーデルカ先生。貴女は今や〝ただの引き籠り〟から教鞭を振るう身となったのだから、上司のことはしっかりと敬いたまえ」


「うむうむ、〝ただの引き籠り〟を卒業した自覚を持つべきじゃな」


「どぉーして! 皆! 私のことを! 引き籠り扱いするんですか!? ねえぇ!?」


 酷くありません!?


 私は別に引き籠ってゴロゴロしてたワケじゃないんですが!?


 ちゃんと研究に精を出してたんですけど!?


「うぅぅ……! タダ飯貰いながら部屋の中で魔法や魔術の研究を十年ほどやってただけなのに、引き籠り呼ばわりだなんてぇ!」


「それを引き籠りというんじゃよなぁ」


 遠い目 をするテオドール校長。


 彼は「オホン」と咳き込むと、


「――話を戻すが、現在『魔術協会』が〝魔法使い〟として認定しているのはリッド・スプリングフィールドだけじゃ。他には認定もしていなければ、申請も来ておらぬ」


「それは偽物なんですから、申請なんてできなくて当然では~?」


 分かり切ったこと言わないでくださいよ~。


 どうせ申請なんてしたら即バレするから、コソコソしてるに決まってますし。


 っていうかそんな簡単に【呪言使い】が現れてくれるなら、私だって部屋に籠って研究なんてしてませんでしたよ。


 それこそ私の十年はなんだったのって話になるじゃないですか。


 グデ~っとした感じで私が言うと、


「……だがケイモスヒル領の領主は、その【呪言使い】を食客として屋敷に招いているらしい」


 オフラハティ教頭が答えるように語る。


「え?」


「それに噂によると、ケイモスヒル領の領民たちも〝奇跡〟などと呼んで【呪言使い】の力を讃えているとか」


「う~む、怪しいのう~? 実に怪しいのう~?」


 チラッチラッとワザとらしく私を見てくるクソじじい――じゃなくてテオドール校長。


 本当にムカつきますが……確かに気にはなりますね。


 ケイモスヒル領の領主となれば、当然魔力があるはずですし魔術が使えるはず。


 魔法と魔術を見違えるなんてあり得ないですし、領民だってそう。


 にもかかわらず領内で歓迎されているというのは……不可思議ですね。


「〝謎の【呪言使い】〟がどうやって周囲を信じこませたのか、誰か調べてはくれんかのう~」


「――ハァ。はいはい、わかりましたよ。本当にタヌキじじいなんですから。」


 私はため息を吐きつつ、肩をすくめた。


「行ってきますよ、ケイモスヒル領まで。ですがリッドたち――私のクラスの子たちも連れて行っても?」


「うむ、許可しよう。いい勉強になるかもしれませんしのう」


「私も彼らを連れて行くのには賛成だ。……しかし一点だけ気をつけてほしい」


「? なんでしょう?」


「ケイモスヒル領の領主、ボリヴィオ伯爵だ。彼は以前から色々と噂があってな――」




 ▲ ▲ ▲




 リッドたち一行がボリヴィオ伯爵の屋敷を離れた後、


「――『魔術協会』の犬めが! こんなに早く嗅ぎ付けるとは……!」


 ボリヴィオは椅子の肘掛けをダン!と叩く。


 実に忌々しそうな顔をして。


「ボリヴィオ伯爵、ご心配なく」


 グレガーは落ち着いた口調で言う。


 かなり焦っているボリヴィオとは対照的に、こちらは冷静さと微笑を崩さない。


「先程〝本物の呪言〟とやらを目の当たりにしましたよ。なに、大した力ではない。焦る必要はございません」


「し、しかしだな……奴らがここへ来たということは、我々の計画がバレて……!」


「いえ、おそらくなにも知らないでしょう。魔術学校からの命令で調査に来ただけ、という様子でした」


 そう言いつつも、グレガーの口元から微笑が消える。


「ですが……野放しにしておくのも危険かと。ここは一つ――」


「うむ、全ては我らの計画のために!」


「ええ……我ら・・の計画のために」

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