第40話 呪言のような何か


 中庭へと向かう僕たち一行とグレガー。


 その途中、

 

「……おい、リッド」


 ピサロがヒソヒソと小声で話しかけてくる。


「ん、なに?」


「お前、気付いてるだろ?」


「グレガーさんのこと?」


「そうだ。アイツ、【呪言使い】じゃない」


 確信めいた口調で言い切るピサロ。


 彼の言葉に、僕は少しばかり驚かされた。


「ピサロ、わかるの?」


「わかる。お前とアイツは魔力の感じが全然違う。だが――」


「……なんだかちょっと不気味・・・だよね、グレガーさんの魔力」


「ああ、寒気がする。アイツ……何者だ?」


 どうやらピサロも感じ取っているらしい。


 グレガーの持つ湿り気を帯びた冷たい魔力を。


 それにしても……なんだろう?


 この嫌な感覚、以前もどこかで――


「さて、ここが中庭でございます」


 僕たちは中庭へと到着。


 そこは如何にも貴族屋敷の庭園らしく、かなり広々としていて芝生の手入れもなされている。


 ズルいなぁ、ウチの実家にもこういう庭が欲しかったよ。


 まあフォレストエンド領は自然豊かで、ある意味で家の外は全部庭みたいな感じだったけど。


「ではさっそく私の〝呪言〟をお見せしましょう。あの大岩をご覧あれ」


 グレガーは庭の片隅に置かれた大岩を、指輪・・がはめられた人差し指で指差す。


 ――あれ、珍しいな。


 人差し指に指輪なんて。


 今気付いたが、彼は右手の人差し指に〝紫色の宝石が付いた指輪〟をはめている。


 この世界にも結婚指輪を始めとした様々な指輪があるし、見せつけたがりな貴族が左右の指に大量の宝石付き指輪をはめていることもある。


 でも人差し指だけに指輪をはめるってのは珍しいかも?


 それにグレガーは右手が利き手っぽいし。


 それにあの指輪の宝石、なんとなく不思議な――


「……テレジア・・・・


 ポツリ、とグレガーが呟いた。


 なんだ……?と僕が思った次の瞬間、


『――【〝浮かばせろ〟】』


 大岩が――地面から浮き上がる。


 グレガーからの命令を忠実に遂行するかのように。


「「「――!」」」


 その光景を目の当たりにした僕ら一行は、驚きを禁じ得なかった。


 大岩が言葉一つで動くその光景は、まさしく〝呪言〟と同じだったからだ。


「――【〝こちらへ〟】」


 グレガーが命令すると、フワフワと彼の頭上まで移動してくる大岩。


 完全に意のままに操れている。


「リ、リッドくん、アレ……!」


「うん……〝呪言〟と似てる」


 驚きと不安が綯い交ぜになった顔で、カティアが僕を見てくる。


 僕だって驚いてるよ。


 確かに〝呪言〟と同じことができてるんだもん。


 ――だが、より一層確信を持てた。


 これは〝呪言〟じゃない。


 間違いなく別の何か・・だ。


 何故なら――喉の〝刻印〟が発光していない。


 いや、そもそも喉に〝刻印〟がないのだ。


【呪言使い】は喉に〝刻印〟を持つことで、言葉に魔力を乗せることができる。


 それがないってことは、〝呪言〟は使えないはず。


「如何でしょう、私の〝呪言〟は? 普通の魔術ではこんなことできませんよねぇ」


 ニッコリと笑って尋ねてくるグレガー。


 それに対し、


「グレガーさん、それは――!」


 違う、〝呪言〟じゃない。


 それに魔術でもない。


 あなたは一体、なにをしたんですか――?


 そう尋ねようとした。


 けれど、


「いやぁ~、素晴らしいですね! お見それ致しました!」


「え……クーちゃん……?」


「よっ、流石はリッド・スプリングフィールドに続く二人目の【呪言使い】! 凄い!」


 満面の笑みでパチパチと拍手するクーデルカ。


 え、なんで?


 クーちゃん絶対気付いてるよね?


 アレが〝呪言〟じゃないって。


 それにここへ来る前から散々疑ってたじゃん!


 どうしちゃったのさ!?


「さーさ、次はリッドの番ですよ! 貴方も〝呪言〟を見せて差し上げなさい」


「ほう、それはありがたい。ではお預け・・・しますよ」


 グレガーは『――【〝飛ばせ〟】』と大岩に命令。


 大岩は跳ねるように僕の頭上まで移動してくると、そのまま落下してくる。


 ああもう、しょうがないな……。


『――【〝止まれ〟】』


 僕は大岩に向かって〝呪言〟を使う。


 瞬間、大岩は僕の頭上スレスレでピタリと空中停止した。


『――【〝元の場所まで戻れ〟】』


 続けて命令。


 大岩は忠実に命令を守るように、フワフワと浮遊して元々置かれてあった場所まで移動。


 そしてピタリと元の位置に収まり、鎮座した。


 ――当然、そんな〝呪言〟を発動している最中、喉の〝刻印〟が魔力を帯びる。


「…………なるほど、それ・・が……」


 僕を見つめてグレガーが呟く。


 だがすぐにニコッと笑顔になり、


「いやはや、リッド様の〝呪言〟も素晴らしい! どうですかな、同じ【呪言使い】同士、是非この後お茶でもご一緒して語らい合うなど――」


「アハハ、申し訳ありませんがこの後も私たちには予定がありまして! こう見えて忙しい身なんですよ、ねえリッド!」


 グレガーの言葉を遮るように、クーデルカが僕の肩をガシッと掴んで言う。


「え、えっと……?」


「それでは私たちはこの辺で失礼します! ボリヴィオ伯爵にもよろしくお伝えください! さあ皆、行きますよー!」


 クーデルカは僕たち三人を連れ、ほとんど強引にその場を後にした。








 ――グレガーの〝呪言らしき何か〟を見たクーデルカは、生徒三人の背中を押しながらこう思っていた。


 〝ああ――これは思ったより、厄介なことになっているかもしれませんね〟、と。








「……ふむ、アレが〝本物の呪言〟というワケか」


 中庭に一人残されたグレガーは、クスッとほくそ笑む。


「大したことはない。私の計画が邪魔される前に始末・・するとしよう」



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