第43話 真っ黒


「献……金……?」


 母親の言葉を聞いて、僕はポカンとする。


「は、はい……白金貨五十枚でお許し頂けないでしょうか……」


「は、白金貨五十枚だって!?」


 思わずギョッとしてしまう。


 ――この世界の貨幣は白金貨・金貨・銀貨・銅貨の三種類がある。


 価値は当然白金貨が最も高く、一枚あれば物価の高い王都でも半年は暮らせるだろう。


 この『タラム』の街なら一年は暮らせるんじゃないかな。


 ……ちなみに、僕の地元であるフォレストエンド領なら金貨一枚で三年は過ごせると思う。


 あんまり言いたくはないけど、ド田舎だからさ……。

 物価が全然違うし……。


 と、ともかく白金貨はこの世界にとって大金。


 それを五十枚っていうのは途方もない額だ。


 街に暮らす一般庶民がポンと出せるお金じゃないと思うんだけど……?


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ! そんな大金受け取れないって!」


「え? で、ですが……」


「そ、そもそも白金貨五十枚なんて本当に持ってるの……!?」


「いえ、知り合いから借金をして払う形にはなります……。私にはこれが精一杯で……」


 ――あ、れ……?

 なんだか話の雲行きがおかしくなってきたぞ……?


 やっぱりこの母親は、そんな大金なんて持っていないんだ。


 ならどうしてそこまでして、僕に大金を支払おうとするんだろう……?


「……ごめん、少し話を聞かせてもらえる?〝献金〟って、一体どういうことなの?」


「え……? 〝奇跡〟の使い手様は、グレガー様のご友人なのでは……」


「ううん、違うんだ。ともかく落ち着いて、一から話を聞かせてほしい」


「わ、わかりました……」


 母親は一度深呼吸してから、ゆっくりと話し始める。


「私たちケイモスヒル領の領民は、グレガー様の〝奇跡〟に助けてもらう度にお金を献上しているんです」


「で、でも白金貨五十枚って多すぎじゃ……」


「いえ、むしろ少ないくらいです。基本的には白金貨百枚~二百枚の献金を求められるので……」


 ――はあぁ!?

 は、白金貨百枚~二百枚!?


 そんな大金、用意できるワケないよ!


 スプリングフィールド家だったらご破産待ったなしってレベルの大金なんですけど!?


 それを献金として普通の庶民に求めるなんて……!


「そ、それって皆どうやって払ってるのさ……!?」


「私と同じです。知り合いや親族から借りたり、豪商に借金したりして……」


「おかしいって! そんなの一生かかっても返せるかどうか……!」


 詐欺でしょ、どう考えても!


 人の善意に付け込んだ恐喝だからそれ!


 信じられない……!


 〝呪言〟の紛い物が、そんなお金儲けに使われていたなんて……!


「でも、命を救ってもらったのは事実です。それに支払えなかった不届き者は、ボリヴィオ伯爵の命で領地から追放されてしまいますから……」


「なに……それ……! 皆、そんな無茶苦茶な話に納得してるの!?」


 堪らなくなって、僕は周りでお酒を飲んでいたおじさんたちに聞いてみる。


 すると彼らはなんとも言えない表情で苦笑し、


「ん……そう言われても、命救われてるのは事実だしなぁ……」


「グレガー様の〝奇跡〟がなきゃ、どうしようもない時は何度もあったし……。それに結局、ボリヴィオ伯爵には逆らえねぇしさ……」


「ヒック……でもよぉ、グレガー様が来てからなーんか色々あるよなぁ? 火事が多くなったり変な病気が流行ったり……」


「お、おいバカ! いくら酔っぱらってるからって、そんなのボリヴィオ伯爵の耳に入ったら……!」


 すっかり酔っぱらったおじさんの口を、慌てて別のおじさんが塞ぐ。


 だが僕は、彼の言葉を聞き逃さなかった。


「変な病気……?」


「い、いやぁ気にしないでくだせぇ! たま~に流行るんですよ、肌が紫色になる・・・・・・・妙な風邪が! でもすぐにグレガー様が治してくださるんでさぁ!」


「――!」


 肌が――紫色って――!


 僕は覚えがあった。


 紫色に変色する肌。

 そして風邪をひいたみたいに高熱が出る症状。


 三年前、フォレストエンド領で見たアレ・・と同じだ。


 そう――〝呪詛〟と。


「……」


 僕は確信を持った。


 間違いない、グレガーはなにかを隠してる。


 〝呪言らしき何か〟の謎も含め、絶対にだ。

 それも真っ黒。


 このまま領民から異常な大金を巻き上げられるのを放ってはおけない。


 僕は貴族なんだ。

 立派な子爵になると誓った、ゲオルク・スプリングフィールドの息子なんだ。


 貴族として正しいあり方――

 そして正しい〝力〟の振るい方を、民に見せなければならない。


 僕は白金貨五十枚を持ってきた母親に向かって、


「……色々と話してくれてありがとう。とにかくそれは受け取れない」


「で、ですが……」


「いいんだ。民を助けてこその貴族、それが僕のあり方だから。その代わり――」


 椅子から降り、母親に手を繋がれた小さな子供と目線を合わせる。


 僕より一回り幼い感じの男の子。


 たぶんまだ三歳くらいかな?


 三年前、クーちゃん先生と会ったあの頃の僕と同じくらいの歳だ。


 そんな幼い少年をじっと見つめて、


「こういう貴族もいるんだって、どうか覚えていてほしいな」


「ふぁ……うん!」


 僕が言うと、幼い少年は元気よく返事をしてくれた。



 さて……僕がこの街でやらなきゃいけないことが、ようやくハッキリとしてきた気がするよ。


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