第3章 魔術学校、入学!

第27話 貴女が僕の担任の先生ですか?


 ――あの〝【呪霊】事件〟から、三年が経った。


 時が経つのは本当に早いモノ。


 あの事件以降フォレストエンド領では目立った出来事もなく、あっという間に時間は過ぎていった。


 僕は既に人生で六回目の誕生日を迎え、六歳児へと成長。


 三歳だった頃と比較して背丈も身体も大きくなって、現在の背丈はなんと120センチを突破!


 まさに成長期!

 最高!


 ……それでも、まだちびっ子先生クーデルカの背丈には届かないんだけどさ。


 結局――〝先生と生徒〟の関係でいる間に、追い抜くことはできなかったな――



「それでは父様、母様、行ってきます」



 身なりを整え、大きな鞄に目一杯の荷物を詰めた僕。


 そして馬車の前に立ち、見送りをしてくれる父と母を見る。


 母は最後まで心配そうな表情で、


「リッド……つらくなったら、いつでも帰ってくるのよ? 私たち、待ってるから……」


「大丈夫だよ母様。僕は魔術学校で、立派に六年間を過ごしてみせる。だから心配しないで」


「そうだぞロザベラ。もはや多くを語る必要はあるまい」


 僕の言葉に続ける父。


 彼は僕の前まで来て膝を落とし、肩に手を置いて目線を合わせてくれる。


「お前は俺の子だ。俺の誇りだ。向こうでは苦労もあるかもしれないが、きっと乗り越えられると信じている。だから思う存分、六年間を過ごしてきなさい」


「うん!」


「ただし、たまには手紙を寄越すように。俺はともかく、母さんを安心させてやれ」


「はい! わかりました!」


「よし、いい返事だ」


 くしゃくしゃと頭を撫でてくれる父。


 ……この大きな手の平とも、しばらくお別れなんだな。


「それから、これは餞別だ。持っていきなさい」


 そう言って、父は鞘に納められた短剣ショートソードを手渡してくれる。


 ――クーデルカの勧めで、僕は一年ほど前から父に剣術を教わっていた。


 〝魔術師こそ護身の武芸を会得するべき〟という彼女の理論を実践する形で。


 三年前の【呪霊】との戦いやブラックドッグに包囲された経緯もあったことで、父もこれを了承。


 個人的にはもっと早くから剣術を学んでおきたかったんだけど、流石に三~四歳の身体じゃ剣を構えるのもおぼつかなくてさ……。


 五歳になってどうにか軽い剣なら持てるようになったから、今日までの一年間手ほどきを受けてきたんだよね。


 とはいえ一年だけじゃ、とても剣術をマスターしたなんて言えないけど。


「お前の剣の修行はまだまだ途中だからな。六年後に腕が鈍ってないか確認してやるから、向こうでもしっかり鍛えておくんだぞ」


「はい、父様!」


 再び元気よく返事をする僕。


 そして――


「……クーデルカ殿、最後に一言」


「はい。それでは僭越ながら」


 父母と一緒に見送りに出ていたクーデルカが前へと出る。


「クーちゃん先生……」


「こらこら、そんな顔するんじゃありません。別に今生の別れというワケじゃないんですから」


 ――この三年間、師弟として共に過ごし、苦楽を共にしてきた僕の先生。


 たったの三年。

 されど三年。


 きっと長命な彼女にとっては、ほんの一瞬の出来事だったことだろう。


 けれど〝【呪霊】事件〟を始め、彼女がウチに来てからは色々なことがあった。


 〝呪言〟や魔術に関することだけじゃなく、学んだことも本当に多い。


 僕にとっては忘れられない、かけがえのない三年間だったのだ。


 それが終わる。


 そう思うと……やっぱり寂しくなってしまう。


「リッド、あなたは間違いなく優秀な教え子でした。あなたと共にフォレストエンド領で過ごした時間は、とても楽しかった」


「うん……僕も楽しかったよ」


「私はこれにて家庭教師の任を解かれますが、一番弟子の称号は特別にあなたに差し上げます。だからほら、泣かないでください」


「な、泣いてなんかないもん……。ところで、クーちゃんはこれからどうするの?」


「ん~? ふっふっふ、どうするんでしょうねぇ? 一応、テオドール校長から次の辞令を受け取ってはいますけどぉ……?」


「……?」


 なんだろう、なんかやけに含みのある言い回しだな……?


 不思議そうに思っていると、母がクーデルカの方を見て、


「クーデルカ先生、どうか息子をこれからも――」


「おぉっと奥方様、どうかご静粛に! ささ、もう出発のお時間ですよリッド!」


「え、あ、あの……!?」


「いつかまた――どこか・・・でお会いしましょう!」


 彼女は、バタバタと僕を馬車へと押し込む。


 まあ出発の時間だったのは事実だけど……。

 そんな強引にしなくても……。


「リッド――達者でな!」


「元気でね! お手紙待ってるから!」


 馬車が走り出すと、父と母が大きく手を振ってくれる。

 そして、クーデルカも。


 三人に見送られ――僕はフォレストエンド領を後にしたのだった。




 ▲ ▲ ▲




「――諸君、まずは『ウィレムフット魔術学校』への入学おめでとう。このテオドール・ヴァルテン、心から祝福申し上げる」


 入学式。

 三年前に魔力測定をやった広場と同じ場所で、もう一度テオドール校長が壇上に立つ。


「今から六年間、諸君らはこの学び舎で様々なことを学ぶこととなる。それは決して魔術だけに留まらん。故に楽しいことも苦しいことも、嬉しいことも悲しいあるじゃろう。そして魔術を扱う者として責任を負い、危険に挑まねばならぬ時もあるやもしれぬ」


 ――ざっと見回す感じ、本年度入学生の人数は三十名。


 全員が同じ制服を着ているのでパッと見ではわからないが、たぶん貴族以外にも平民出身の子たちも混ざっているのだろう。


 てっきり三年前に集まった五人+僕しか入学しないと思っていたから、ちょっと意外だ。


 そんな新入生たちは、じっとテオドール校長の話に耳を傾けている。


「じゃが、それら全ての経験は必ずや諸君らの成長の糧となるじゃろう。……皆がこの六年でどう成長してゆくのか、とても楽しみにしておるぞ」




 ▲ ▲ ▲




「お久しぶりでございます、リッド・スプリングフィールド様。私を覚えておいでですかな?」


「うん。ベルトレお爺さん、久しぶり!」


 テオドール校長の挨拶が終わると、各生徒は各々のクラスへと向かった。


 貴族の子供たちにはご丁寧に迎えの者が現れ、わざわざクラスまで案内してくれるというVIP待遇ぶり。


 そして僕の迎えに現れたのは、かれこれ出生時からお世話になり続けているベルトレ郷だった。


「おお、嬉しゅうございますぞ。いやはや、すっかり大きくなられましたな」


「お爺さんはあんまり変わらないね。元気そうでよかった」


「はっはっは、そう見えますかな? これでも年々老いる身体に鞭打つ日々なのですよ」


 口ではそう言いつつも、以前と変わらぬ足取りで学校の中を進むベルトレ卿。


 おそらく彼の年齢は既に七十歳を超えていると思われるが、息災なのはなによりだ。


「もしかして、ベルトレお爺さんが僕のクラスの先生なの?」


「いいえ、私は相変わらず下働きの身分です故。リッド様には、私などよりもずっと相応しい人物がお待ちです」


「ふ~ん……?」


 相応しい、ねぇ?

 僕って一応、普通の魔術が使えない【呪言使い】なんだけどな?


 全校生徒で見てもかなりイレギュラーな存在だと思えるんだけど、そんな僕に相応しい先生って一体……。


 なんて思っている内に、僕とベルトレ卿はクラスの前に到着。


 おや?

 なんだか、やけにこじんまりしたクラスだな……?


 もしかして、かなり少人数ごとにクラス分けされていたり――


「失礼します。リッド・スプリングフィールド様をお連れ致しました。」



『……ええ、どうぞ入ってください』



 ――ん?

 んん?

 んんんんんん?


 あれ、

 なんか、

 今、すっごく聞き覚えのある声が聞こえたような……?


 ――ガラガラ


 ベルトレ卿が扉を開ける。


 すると――そこに立っていたのは――


「ク……クーちゃん先生……ッ!?」


「むっふっふ……お久しぶりですねぇ、我が一番弟子よ♪」


 巨大な三角帽子、

 尖ったエルフ耳、

 そして身長よりも長い杖がトレードマークな、ちんちくりんの少女――


 数日前にフォレストエンド領で見送ってくれたばかりの、僕の先生。

 

 クーデルカ・リリヤーノその人だったのだ。



――――――――――

第3章スタートです!

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