第25話 先生は強し


「な……なんだ……!? どうして【呪霊】が……!?」


 驚きを隠せないでいるフードの男。


 僕はハァハァと息を切らして、


「あ、後は、お前だけだ……!」


「……フン、ガキが息巻きやがって。どうやら今の戦いで体力を消耗したようだな」


 彼はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、戦う構えを見せる。


 ……彼の言う通り、僕の肉体は大幅に体力を消耗していた。


 魔力こそまだ残ってはいるけれど、しょせんは三歳の身体。


 〝呪詛〟を受けた時のダメージが強烈に残ってしまっているのだ。


 それに対して相手は十全。

 魔力を消費していないから、〝呪言〟が弾かれる可能性だってある。


 でも、ここにいるのは僕だけだ……。


 戦うしか、ない……!


「【呪霊】がやられるのは予想外だったが、今のお前なら楽勝で勝てるぜ。さっさと終わらせて――」



「――そうはいきませんよ」



 その時だった。


 上空から、彼女・・の声が聞こえる。


 次の瞬間――僕の目の前に、クーデルカが着地した。


 どうやら杖に乗って飛んできたらしい。


「! クーちゃん!」


「お待たせしましたね、リッド。私が戻ったからにはもう大丈夫ですよ」


 パチンとウインクしてみせるクーデルカ。


 そんな彼女の顔を見た瞬間、心の中が安堵で包まれる。


「ク、クーちゃん……僕、やったよ……一人で、【呪霊】を……」


「ええ、ええ、わかっていますとも」


 クーデルカはとても優しい声で言うと、フワリと僕を抱き締めてくれる。

 

「本当によくやりましたね、リッド。流石は私の教え子です。花丸百点満点を差し上げます」


「え、えへへ……」


「な……!? お、お前どうして……遥か遠方に転移させたはずなのに……!」


 驚愕するフードの男。


 クーデルカは僕から離れると、


「むっふっふ……まさか王都を飛び越えて、国境付近にある未開の森の中まで飛ばされるとは思いませんでしたよ」


 杖を握り、巨大な三角帽子を手で押さえ、フードの男と相対する。


「ですが――私を甘く見ましたね。これくらいの距離、やろうとさえ思えばひとっ飛びです」


 かなり魔力を消費しましたけど、と彼女はコキコキと首を鳴らす。


「あ、ありえん……! 馬を駆ってもひと月はかかる距離だぞ……!」


「そう思うのは、あなたがその程度・・・・の魔術師だからですよ」


 ――この時、初めてクーデルカの声色が変わった。


 それはこれまで僕が聞いたことのない、力強く、そして明確な怒りが込められた声だった。


「このクーデルカ・リリヤーノが、あなたを採点してあげましょう。私を遥か遠方に飛ばした転移魔術、五十点。【呪霊】を解き放ち制御した手腕、六十五点。そして私の大事な教え子をいたぶった悪趣味さ……〝零点〟です」


 ――カツン!と彼女は杖尻で地面を叩く。


 刹那、彼女の全身から膨大な魔力が溢れ出た。


「赤点魔術師のあなたは、特別に再教育してあげましょう。何百年もの修行を経て習得した〝エルフの魔術〟――とくとその身で味わいなさい」


「なっ、舐めんじゃねぇ!」


 フードの男はバッと腕を掲げ、


「魔力を氷に――〔ブリザード・スピア〕!」


 魔術を発動。

 同時に無数の氷の槍が出現し、僕たち目掛けて飛翔する。


「ふむ、短略詠唱ですか。悪くない。ではこちらは、その上・・・をご覧に入れます」


 クーデルカはそう言って、杖の先端をフードの男へ向ける。


 すると杖の先端からボウッ!と炎の渦が発生し、竜巻のように射出。


 この魔術は見たことがある。


 一番最初の授業で見せてくれた〔ブレイズ・トルネード〕という魔法だ。


 でもあの時よりもずっと炎の渦が大きく、威力も高い。


 フードの男とは魔力の出力が桁違いで、無数の氷の槍を一瞬で消し去ってしまった。


 だが、驚くべきはそれだけではない。


 彼女は今――詠唱をせずに魔術を発動して見せたのだ。


「っ!? む、無詠唱魔術だと!?」


「中々珍しいでしょう? これができる人間の魔術師は少ないですから」


「この――ぐあッ!」


 クーデルカは立て続けに無詠唱で魔術を発動。


 高圧噴射の水流でフードの男を吹き飛ばしたかと思うと、立て続けに地面から岩の拳を呼び出して殴りつける。


 その後も爆炎で吹っ飛ばし、

 竜巻に巻き込んで空高くへ吹き上げ、

 空中に巨大な氷塊を作って落下させ、叩き潰す。


 もう、フードの男はもみくちゃ・・・・・だ。


 無詠唱なのでどんな魔術を使っているのかは不明だが、どれもこれも強力な魔術であるのは一目瞭然。


 クーデルカとフードの男の実力差は歴然で、完全に子供扱いだ。


「ぐほっ、がへっ……! こ、このクソエルフ、人をコケにしやがって……!」


「お話になりませんねぇ。修行不足もいいところです。あなた、もし最初からリッドと正面切って対決していたら……今頃とっくに惨敗してますよ」


「なっ、なっ、舐めんじゃ……ッ!」


 フードの男は最後の力を振り絞り、魔術を発動しようとする。


 ――これまでで一番強い魔力を感じる。


 おそらく切り札を使うつもりだ。


「魔力を灼熱に、我が魔力を食らい尽くし、炎竜の息吹となれ――〔ドラゴン・ブレス〕!」


 フードの男の魔力が一点に集中。


 その刹那、ドラゴンが吐き出すかの如き火炎放射が放たれる。


 たぶん彼の魔力を一度に消費し、炎の魔術として撃ち出す技なのだろう。


 確かに威力は凄まじい。

 けど――


「……それがあなたの切り札ですか。よろしい、では私もとっておき・・・・・でお応えしましょう」


 改めて、クーデルカは杖を構える。


「魔力を原初の炎に、火炎を御する荒魂の現身となりて、我が呼び声に応えたまえ――出でよ〔イフリート〕ッ!!!」


 一言一言ハッキリと聞き取れる声で詠唱。

 

 そして――巨大な〝炎の精霊〟が現れた。


 炎の精霊、炎の化身、炎の魔神――。


 なんと表現すればいいのかわからないけど、とにかく滅茶苦茶に強そうな炎の怪物が出現したのである。


 さっき彼女が召喚した妖精ピクシーよりも、ずっと強い魔力を持つ個体だ。


「〔イフリート〕、あの魔術を掻き消して!」


『ウム……』


 命じられると、炎の精霊は己が身を盾にして〔ドラゴン・ブレス〕の直撃を受ける。


 すると〔ドラゴン・ブレス〕はみるみる炎の精霊に吸収され――あっという間に消えてなくなった。


「は……え……? どうして〔ドラゴン・ブレス〕が……!?」


「原初の炎にして炎属性を司る〔イフリート〕に、炎の魔術が効くワケないじゃないですか。基礎中の基礎です」


「じゃ、じゃあまさか、そ、そそそそれは、本物の大精霊……!?」


「はい♪ それでは〔イフリート〕――あの人をぶっ飛ばしちゃってください。殺さない程度に」


『ウム』


 ――次の瞬間、フードの男は炎の精霊の拳に殴り飛ばされ、意識を失ったのだった。

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