第24話 呪言に想いを込めて


 僕は視線を足元に移すと、


『――【〝隆起しろ〟】』


 石階段から続く石畳に対し、〝呪言〟を使った。


 直後――石畳が形状を変え、野太いとげのようになって地面から隆起する。


 石棘は〝呪詛〟を弾き飛ばし、さらに【呪霊】に向かって地面を這うようにボコボコと隆起していく。


 最終的に【呪霊】の足元からも石棘が突き出て、紫色の影の身体を貫いた。


『グウウゥゥ……!』


「よ、よし……!」


 これが僕の思い付いた工夫・・


【呪霊】に対して直接〝呪言〟を使えないなら、周囲にある物体を活用すればいい。


 それならば魔力反射が起きることもなく、奴に攻撃を加えられる。


 加えて〝呪言〟で命令された物体モノは魔力を帯びるため、【呪霊】のように実体を持たない死霊系モンスターにもダメージが通る。


 こんな風に――


『――【〝浮かべ〟】』


 今度は付近に生えていた大木に命令。


 するとミシミシッという音を立てて大木は地面から引き抜かれ、宙に浮いた。


『――【〝飛んでいけ〟】』


 続け様に命令。


 大木はクルリと向きを変え、根っ子の方から【呪霊】目掛けてかっ飛んでいく。


 まるで攻城弩バリスタから放たれた大型矢のような勢いで。


 そして途方もない速度のまま、ズドンッ!と【呪霊】へ直撃した。


「これならどうだ!」


 並の人間であれば、まず耐えられない。

 それほどの威力であったのだが――


『……キゾク、ガ、ニクイ……!』


【呪霊】は、その場で持ち堪える。


 そして大量の瘴気によって、瞬く間に大木を腐敗させてしまった。


「そん、な……!」


『シネ……キゾク、ナンテ……ッ!』


 再び大量の〝呪詛〟を放つ【呪霊】。


 その飽和攻撃を、今度こそ僕は避けられなかった。


「う――あ――っ!」


 〝呪詛〟が、身体の中に入ってくる。


 とてつもない怨嗟の塊となった、膨大な魔力が。


 途端に身体が重くなり、自由に動かせなくなる。


 頭痛、同期、吐き気――あらゆる不快な症状が五感を包み、地面に膝を突いてしまう。


 これが、〝呪詛〟なのか……!


「く、くそぉ……!」


 このままじゃ、本当に呪い殺される。


 けど〝呪言〟は通用しない。


 マトモに命令しても弾かれてしまう。


 どうしたら――!


『キゾク……ワタシノ、ウラミ、オモイシレ……!』


 【呪霊】が怨嗟の言葉を放った、その時だった。


 ――頭の中に、景色・・が見えてくる。


 これは……なんだ……?


 人が見える。

 それと同時に、自分の中に感じる強い負の感情。


 まるで〝呪詛〟を通して、他人の記憶がフラッシュバックしているかのようだ。


『平民のくせに魔力を持っているなど、身の程をしらない奴だ』


 ――誰だ?


 雰囲気からして貴族であることはわかる。


 けど見覚えはない。


 それになんだか、服装がとても古めかしいような……。


『魔力とは高貴な血筋の貴族こそが持つべきモノ。貴様のような下賤な平民が、万が一にでも我らの地位を脅かすようなことはあってはならん』


『自分はなにも罪を犯していない、とでも言いたげな顔だな。貴様は生きているだけで罪なのだ』


『我が領地において魔力を持つ血筋は、我がベナール家だけでよい』


 ……ベナール家?

 確か、どこかで聞いたような……。


 そうだ、家にあった本に書かれてあったはずだ。


 もうずっとずっと昔、スプリングフィールド家よりも前にフォレストエンド領を統治していた貴族家の名前。


 災厄で一族の血が絶えてしまったため、スプリングフィールド家が新たにフォレストエンド領を治めることになったって。


 どうして一族が絶えたのか、詳しい理由は書かれてなかったけど……。


『貴様を領主への反逆罪として、火炙りにする。精々己が生まれの不幸を呪うがいい』


『ハハハハ! 炎に焼かれる気分はどうだ、反逆者め! このフォレストエンド領で、私に逆らえる者などいないのだ!』


 ――なんて奴だ。


 これが貴族の姿なのか?

 これがかつてフォレストエンド領を治めていた人物だっていうのか?


 酷い。

 酷過ぎる。


 平民の中に魔力を持つ者がいてほしくないからって、下らない保身のために火炙りにするなんて。


『……ん? な、なんだ!? 死んだはずなのにどうして――うわああああああッ!!!』


 ……そうか。

 そういうことだったのか。


 この男のせいで【呪霊】が誕生し、かつてフォレストエンド領に災厄が起きた。

 

 そしてベナール家の一族が滅ぼされ、代わりにスプリングフィールド家がフォレストエンド領を任されたんだ。


 全部わかったよ。


 こんなの……貴族を憎んで当然だ。


『キゾク……キゾク、ナンテ、ホロビレバ、イインダ……!』


「……」


 僕に記憶を見せたのは故意なのか?


 それとも〝呪詛〟がそうさせたのか?


 それはわからない。

 けど――


「そっか……キミはなにも悪くないんだね」


 僕は残る力を全て使い、立ち上がる。


 でも逃げたりなんてしまい。


 今から【呪霊】が僕を殺そうとする、とわかっていても。


『キイイィィゾオオォォクウウゥゥッ!!!』


 凄まじい怨嗟を剥き出しにして、【呪霊】は襲い来る。


 そんな【呪霊】に対し、僕は最後の気力を振り絞って、喉に魔力を込める。

 そして――



『――――【〝ごめんね〟】』



 〝呪言〟を使った。


 もはや耳すら失い、心の中で怨嗟だけが反響し続けているであろう【呪霊】。


 その〝魂〟にも届くように。


 僕の想いを、言葉に乗せて。


『――――』


 ピタリ、と【呪霊】の動きが止まる。


『――【〝僕たちが悪かった〟】【〝貴族はキミに酷いことをしてしまった〟】【〝だから、ごめんね〟】』


『ア……ア……!』


『――【〝許してくれなんて言わない〟】【〝でもこれ以上、無関係な民を苦しめないでほしいんだ〟】』


『アアァ……アアアアアァァ……!』


『――【〝代わりに、僕を呪ってくれていい〟】【〝僕が全て受け止める〟】【〝いずれは……僕が一緒に逝ってあげるから〟】』


『アアアアアアァァァ――ッッッ!!!』


 【呪霊】は絶叫する。


 細い腕で仮面を搔きむしる。


 同時に、仮面の隙間から流れる紫色の雫。


 ――泣いている。

 【呪霊】が、涙を流している。


 直後、仮面にピシッとヒビが入った。


 そして完全に砕け散ると、巨大な紫色の影はザァッと塵のように消滅。


 その中から――小さな女の子が現れた。


 僕と歳も背丈もほとんど変わらないであろう、幼い少女が。


『……ありがとう。優しい貴族様』


「キミは……」


『嬉しかった。だから、もう大丈夫。私……一人で行く・・ね』


 少女はそれだけ言い残すと、ゆっくりと消えていく。


 最後、少女がいた場所に一匹の光り輝く蝶々が残り、パタパタと空高くへ飛んでいった。


 僕を蝕んでいた〝呪詛〟も綺麗さっぱり消えてなくなり、ようやく身体の自由が効くようになる。


 ……そっか、天国へ登っていったんだね。


 僕の魂を道連れにすることもなく、ただ「ありがとう」という感謝を残して。


 こちらこそ、本当にありがとう。



 もし彼女が生まれ変われたら、今度こそ幸せな人生を送れますように――。


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