第23話 呪霊との戦い


 二人きりになった僕とクーデルカは、森の中を進んでいく。


 幸いにもブラックドッグの襲撃以降モンスターが襲ってくることはなく、僕たちはスムーズに目的地へ辿り着けた。


「ここが……」


 ――僕たちの目に映る、長い石階段。


 この先に、【呪霊】がいる。


「覚悟はいいですか、リッド?」


「うん……勿論」


 僕たちは一歩一歩、階段を上っていく。


 森に入った時にはまだ上っていた夕日はすっかり沈み、黄昏色だった空は暗く染まっている。


 辺りを見ても既に真っ暗で、見通しは全くと言っていいほどで効かない。


 ……わかる。

 徐々に、嫌な気配が近付いている。


 湿り気を帯びた冷たさが背中をなぞる感覚が、どんどん強くなる。


「クーちゃん先生……」


「わかってます。この先に、確実にいます」


 どうやら彼女も気配を察知しているらしい。


 だが臆する様子を見せないのは、流石僕の先生だ。


 そしていよいよ――僕たち二人は、階段を上り切る。


 その先には、父が言っていたように朽ち果てた古神殿が建っていた。


「リッド、注意して進みましょう。ここから先は、いつ【呪霊】が――」


 杖を構えながら先導しようとしてくれるクーデルカ。


 だが――彼女が僅かに歩を進めた瞬間のことだった。


 彼女の足元に、突如〝大きな魔術陣〟が出現する。


「!? これは――しまっ――!」


 クーデルカが気付いた時には、もう遅かった。


 魔術陣が発光すると同時に、彼女の姿は僕の目の前から消失する。


「――!? クーちゃん!?」



「……クックック、上手く引っ掛かってくれたなぁ」



 ――直後に聞こえてくる、男の声。


 さらに古神殿の物陰から、フードを被った一人の男が姿を現す。


 【呪霊】……ではないようだ。


「流石にエルフの魔術師と【呪言使い】をいっぺんに相手するのは面倒だからな。小細工をさせてもらったよ」


「お、お前……誰だ!?」


「俺か? 俺はクソガキ・・・・の始末を依頼されただけの、しがない雇われ魔術師さ」


「魔術師……! クーちゃんをどこへやった!?」


「さあね。どうせここで死ぬお前には、関係ないことだ」


 そう言うと、フードの男はパチンと指を鳴らす。


「得物が来たぞ、【呪霊】よ。お前が大嫌いな〝貴族〟様だ」




『…………キゾク?』




 ――その声を聞いた時、背筋に強烈な悪寒が走った。


 この世のモノとは思えない、腹の底に響くようなくぐもった声。


 たった一言聞いただけで、恐ろしいまでの怨念がハッキリと感じられた。


『ニクイ……ニクイ、ニクイ、ニクイ……! キゾク、ガ、ニクイ……ッ!!!』


 そして遂に――ソレ・・は姿を露わにする。


 巨大な紫色の影。

 莫大な魔力の塊。

 いや、〝呪詛〟の塊。


 薬屋で母親と子供から這い出てきた〝紫色の影〟よりずっとずっと大きく、細い腕と爛れたような表情の仮面が付いた異形。


 まさに、化物。


 あまりに醜い姿に、僕は足が震えるのを堪え切れなかった。


「ど、どうして【呪霊】が人間と……!? まさかお前が【呪霊】を操っているのか!?」


「ククク、人聞きの悪いこと言うなよ。俺はただ復讐に協力してるだけさ」


「復讐だって……?」


「なんだ、知らないのか? ああ、貧乏子爵家なんかじゃそこまで古い資料は残してないか」


 呆れるように言うと、フードの男はゆっくり【呪霊】へと近付く。


「コイツはな、ずっと大昔に貴族に殺されて【呪霊】になったんだよ。だから激しく貴族を恨んでる。貴族と聞けば、見境なく殺そうとするくらいにな」


 貴族に恨みを……?


 そんなの初耳だ。


 父はそんなこと一言も言ってなかったぞ!


 魔術師が怪物になったってことしか……!


「ま、今更そんなことを知ったところで、どうにもならんだろうが」


 小馬鹿にしたようにフードの男は言うと、片腕を掲げる。

 そして僕を指差し、


「さあ【呪霊】よ――貴族がまたお前を殺しに来たぞ?」


『キゾク……キゾク、キゾク、キゾク!!! ヨクモ、ヨクモオオオォォ……ッ!!!』


 フードの男に唆された【呪霊】は、憎悪を剥き出しにして襲い掛かって来る。


 もう――やるしかない!


『――【〝燃えろ〟】』


 僕は【呪霊】目掛けて〝呪言〟を発動。


 瞬間、巨大な紫色の影はボウッ!と豪炎に包まれた。


『オオオオオオォォォッ!!!』


 ――効いてる。


 やっぱり【呪霊】にも〝呪言〟は有効なんだ。


 これなら――!


『ニクイ……ニクイイイイィィィッ!!!』


 【呪霊】は怨嗟の咆哮を上げる。


 すると――その身体を包んでいた豪炎が、掻き消されるように消失してしまった。


「ッ!? そんな……――うっ、ゴホッ!」


 同時に、僕は喉に強烈な痛みを覚える。


 激しくむせ返って、反射的に口元を手で押さえた。


 ……ヌチャリ、という水っぽい感覚が手の平を伝う。


 まさか、と思って手を口から離すと、小さな手の平には真っ赤な血が付着していた。


 どうやら喉から出血したらしい。


「……! これが、魔力反射……!?」


 前にクーデルカが言っていた。


 命令できない物体モノに無理に命令しようとすると、自分の肉体へ返ってきてしまう――。


 特に〝刻印〟のある喉が著しいダメージを負うだろう――と。


 ……成程な、彼女が僕に剣術を学ばせようとした理由が今更になってよくわかった。


 〝呪言〟は強力だけど、いざ封じられると一気に攻撃手段を失う。


 授業で教えられて想定はしてたけど……これは一筋縄にはいきそうにないな。


 さて……どう戦う……?


『キイイィィゾオオォォクウウゥゥッ!!!』


 斬り裂くような叫びと共に、【呪霊】の身体から幾つもの〝呪詛〟が噴出。


 それはまるで意思を持った飛び道具のように、僕目掛け飛翔してくる。


 どうする――?


 【呪霊】相手に〝呪言〟は使えない。


 でもこのままじゃやられるだけだ……!



『――それは貴方の努力と工夫次第です』



 ふと、クーデルカの言葉が頭をよぎる。


「工夫……そうだ!」


 この時、僕の頭にとあるアイデアが浮かんだ。


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