第22話 ここから先は
クーデルカが妖精を召喚してからは、まさに一瞬の出来事だった。
十匹以上のブラックドッグは瞬く間に全滅。
幸いなことに、討伐隊に死者は一人も出なかった。
「お疲れ様です〔ピクシー〕。もう戻っても大丈夫ですよ」
『♪』
クーデルカが言うと、魔力の残滓を残して妖精は消える。
僕はその光景に呆気に取られつつ、
「クーちゃん先生、妖精の召喚なんてできたんだ……」
「むっふっふ、私を誰だと思っているんですか? 貴方の家庭教師を任せられるほどの大魔術師、クーデルカ・リリヤーノですよ? 召喚術くらいお手の物です」
自慢気に鼻を鳴らすクーデルカ。
だが、そんな表情をしたのも一瞬だった。
「……とはいえ、できれば【呪霊】と会うまで使いたくなかったのですが」
「そうなの?」
「ええ。手の内を見せてしまった」
彼女は帽子を深く被り、目元を隠す。
そして死体となったブラックドッグたちを見下ろした。
「このブラックドッグたち……異常なまでに統率が取れていました。明らかに人間の手によって躾けられたモンスターです」
ああ、やっぱり――。
僕は内心でそう思ったが、敢えて口を閉ざしてなにも言わなかった。
「予想してはいましたが、何者かが私たちを監視しているのでしょう。おそらくは封印石を破壊した犯人だと思いますが」
周囲を警戒するように見回すクーデルカ。
だが森の中は姿を隠す場所など無数にある。
そう簡単に見つけられないのは、彼女だって理解しているだろう。
「思ったより厄介な相手が控えているかもしれません。ただでさえ【呪霊】とも対峙しなければいけないのに……手札の一つを晒すしかなかったのは失態です」
「でも、クーちゃん先生のお陰で皆助かったよ」
「ありがとうございます。けれど――もう戦える者は多くない」
そう言われて、僕は討伐隊の皆へ視線を移す。
――父ゲオルクを含め、参加した多くの者たちが負傷してしまった。
中にはすぐに手当てをしないと危険そうな者もいる。
奇襲を受けたことで、戦力は大幅にダウンしてしまったと言っていい。
「ぐぅ……リッド、怪我はないか……?」
「ぼ、僕は大丈夫。でも父様、血が……!」
「俺なら大丈夫だ。これくらい、なんてことはない」
気丈に振る舞う父であったが、その傷は決して浅くない。
特にブラックドッグに噛み付かれたであろう利き腕からの出血が酷く、もはや満足に戦えないであろうことは明白だった。
「……」
僕は――決心する。
「父様……父様は、討伐隊の皆を連れて森を出て」
「なに……?」
「ここから先は、僕とクーちゃん先生だけで行くよ」
「「――!!」」
とても驚いた表情をする父とクーデルカ。
まあ、そういう反応になるよね。
三歳児らしからぬ台詞なのは重々承知してるけど――
「なっ、なにを言ってるんだリッド!?」
「父様も皆も、怪我の手当てをしなくちゃ。僕たちならまだ無傷だから」
「そ、そういう問題じゃなくてだな……!」
「……ゲオルク殿、ここはご子息の言う通りにすべきですよ」
「ク、クーデルカ殿までなにを……!?」
「現状、【呪霊】と満足に戦えそうなのは私と彼しか残っていません。失礼を承知で言わせて頂きますが、手負いの者たちは邪魔なだけです」
「む……ぅ……!」
「……ご子息は強く勇敢です。犠牲者を出したくないという彼の想いを、どうか汲んであげてください」
――ギュッと唇を噛み締め、しばしの間考え込む父ゲオルク。
だがようやく口を開き、
「…………リッドは、リッドは私と妻の宝なんだ。必ず無事に連れ帰ってほしい……!」
「お約束いたします。このクーデルカ・リリヤーノ、魔術師の誇りに掛けて」
「……わかった。俺は皆を連れ、撤退する」
父も決意してくれた。
きっと彼にとっては、苦渋の決断だったに違いない。
父は俺をぎゅっと抱き締め、
「必ず、必ず帰ってくるんだぞ! 絶対に無理はするな……!」
「うん、わかってるよ父様。僕は大丈夫」
僕を抱き締める父の腕からは、本気で僕を心配しているのが心から伝わってきた。
温かく力強い、父の腕。
本当に……こんな父親の下に生まれて、僕は幸せだと思う。
父は名残惜しそうに僕から離れると、
「……撤退だ! まだ動ける者は負傷者に手を貸せ! 森を出るぞ!」
「し、しかしゲオルク様……」
「いいんだ。ここから先は――あの二人に任せよう」
父は討伐隊の皆を連れ、僕たちの前から去っていく。
残された僕とクーデルカは、
「……これでよかったんだよね、クーちゃん先生」
「勿論。――と言ってあげたいところですが」
「?」
「自己犠牲のつもり、なんて言いませんよね? だとすれば零点です」
「そんなワケないよ。必ず生きて戻る。僕は次期フォレストエンド領主なんだから」
「結構。百点の答えです。リッドは将来、いい領主になれますよ」
「えへへ。それじゃあ――【呪霊】のところへ行こうか、クーちゃん先生」
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