第21話 いざ森の中へ


 ――翌日。

 時刻は夕刻、東の森の入り口前。


「よし……揃ったな」


 父ゲオルクは、剣や弓矢を備えた領民たちを一望する。


 集められた領民は全部で十名。

 フォレストエンド領の中でも剣術・弓術・槍術などが特に秀でた、選りすぐりの者たちだ。


 父がメンバーを選抜し、この時刻までに集まるよう招集をかけた。


 そこに父、僕、クーデルカが加わり、総勢十三名の討伐隊となる。


「皆、よく集まってくれた。招集をかけた者が誰一人欠けなかったこと、俺は領主として誇りに思う」


「「「……」」」


「……【呪霊】は非常に手強い相手となるだろう。正直に言って、この中の何人が生きて帰ってこられるかわからん。もしもまだ迷いがある者あらば、無理には引き留めん。家族の下へ戻ってもいいんだぞ」


「なにを水臭いことを仰いますか、ゲオルク様」


「そうですよ。フォレストエンド領は俺たちの土地なんです」


「故郷のために、そしてゲオルク様のために命を懸けるなんて、俺たちにとっちゃ当たり前ですよ! そうだよな皆!?」


「「「おうッ!」」」


 武器を掲げ、互いを鼓舞しあう領民たち。

 

 ……本当に、父は皆に慕われているんだな。


 こんな父親の下に生まれることができて、なんだか僕まで誇らしい。


「ありがとう、皆……。俺は言葉もない」


 父も嬉しいのか、微笑を浮かべる。


 だがすぐに気を引き締め直し、


「皆が生還できるように、俺は死力を尽くそう。それに今日は心強い助っ人もいる」


 そう言って、クーデルカの方を見た。


「我が息子リッドと、その家庭教師を務めてくださっているクーデルカ・リリヤーノ殿だ。特にクーデルカ殿には、魔術の専門家として今回ご同行頂く」


「皆さん、よろしくお願いします。クーデルカ・リリヤーノです」


 クーデルカは杖を持ったまま、一歩前へと出る。


「私は魔術師として、【呪霊】や〝呪詛〟に関して一定の知識を有しています。ですので、最初に皆さんへ忠告をさせてください」


 そう語る彼女目は真剣そのもの。


 普段の気の抜けた態度とは打って変わって、まるで別人のような気迫さえある。


 今回の事態が如何にヤバいのか――それを如実に物語っているかのようだ。


「この地に封じられていた【呪霊】は、おそらく極めて危険な存在です。不用意な行動は死に直結すると考えて頂きたい。生きて戻りたければ、必ず私の指示に従うこと。いいですね?」


 領民たちは緊張の面持ちで頷く。

 最後に――


「それじゃあリッド。最後に貴方から一言」


「え? 僕?」


「勿論。貴方は次期領主なんですから」


 いや、そりゃそうだけどさ……。


 そんな〆の一言みたいなのを三歳児に求められても困るというか……。


「え、え~っとぉ……」


 しかし、領民たちの視線は僕へと集中。


 もうなにか言わなきゃいけない雰囲気だ。


「み……皆で力を合わせて、フォレストエンド領を守ろう!」


「「「おお――――ッッッ!!!」」」




 ▲ ▲ ▲




 森の中を奥へと進んでいく、僕ら討伐隊。


 一体どこに【呪霊】が潜んでいるがわからないため、クーデルカが魔力の残滓を辿っていく。

 

 なので彼女を先頭に、僕らはその後を付いていく感じだ。


 ……森の中はとっても静かだった。

 ううん、静か過ぎた。


 鳴き声が聞こえない。


 獣の声も、鳥の声も、虫の声も。


 僕はあまり森に連れていってもらえたことがないけど、これが普段と違うことはよくわかる。


「父様……森が静か過ぎるよ」


「リッドにもわかるか? そうだな、これは明らかに異常だ……」


 僕は父と一緒に馬に乗り、道なき道を進んでいく。


 もうだいぶ森の奥まで来たかも、と思った時――


「……魔力の残滓が濃くなってきました。【呪霊】が近いかもしれません」


 クーデルカが警告する。


 その言葉を受けて、僕を含め皆の顔に緊張が走った。


「ゲオルク様、この先は――」


「うむ、古神殿がある場所だな。そこをねぐらにしているのかもしれん」


「古神殿?」


「リッドには話したことがなかったか。フォレストエンド領の森の奥には、大昔にエルフが建てた神殿が存在するんだよ」


 へえ、知らなかった。


 ウチの領地とエルフに関わりがあるとは。


「もっとも今は訪れる者がいなくなって、廃墟になっているんだがな。もうすぐ長い石階段が見えてくるから、その先に――」


『ウオオォォーンッ!!!』


 ――父が言いかけた時だった。


 突然、静かだった森の中に鳴き声が木霊する。

 それはまるで、犬や狼のような。


 同時、僕たち目掛けて突撃してくる複数の影。


「ブ、ブラックドッグだ!」


「敵襲! 敵襲だぞ!」


『ワオオォン!』


 現れたのは〝ブラックドッグ〟という大きな黒い犬たち。


 立派なモンスターの一種である。


 それが十匹を超える群れとなって突然現れ、四方八方から襲い掛かってきたのだ。


 まるで――僕たちを待ち構えていたかのように。


「これは……! 皆さん、応戦の準備を!」


 すぐさま杖を構えるクーデルカ。


 もしブラックドッグがどこか一方向からまとまって現れたら、彼女の魔術か僕の”呪言”で一網打尽に出来ただろう。


 しかし奴らはそれを避けるかの如く、討伐隊を包囲する形で襲ってきたのだ。


 どう考えても乱戦にもつれ込もうとしている。


 ――これは偶然?

 それともモンスターに知恵があるのか?


 いや、どう見たって――


「このっ、おりゃあ!」


『キャウン!』


「怯むな! 所詮は犬の群れ――ぐあ!」


『ウオオォォン!』


 あっという間に乱戦と化してしまう討伐隊メンバー。


 まだ【呪霊】に辿り着いてもいないのに、最悪だ……!


「――【〝吹っ飛べ〟】」


『『ギャウンッ!』』


 僕も〝呪言〟で応戦し、目に付いたブラックドッグを片っ端から倒していく。


 全ての敵を視界に納めて認識できればいいのだが、前後左右で敵味方入り乱れてしまっているせいで、効率的に把握ができない。


 あまりにも歯痒い感じだ。


「このモンスター共め! リッドには指一本――ぐあッ!?」


 馬上で剣を振るっていた父ゲオルク。

 しかし遂に一匹のブラックドッグに腕を噛み付かれ、馬上から転落してしまう。


「っ!? 父様!」


 すぐさま〝呪言〟を使おうとする僕。

 しかし、


「魔力を意思ある風に、その身に刃をまとう旋風となりて、我が呼び声に応えたまえ――出でよ〔ピクシー〕!」


 クーデルカが魔術を発動する。


 それはこれまで僕に見せてくれた魔術とは全く異なり、詠唱と共に羽根の生えた小さな妖精が現れた。


「〔ピクシー〕、敵を全て薙ぎ払って!」


『♪』


 クーデルカが命令すると、その妖精は風をまとってヒラリと舞う。


 直後――乱戦状態のブラックドッグたちの間をすり抜けて飛行。


 まるでかまいたちのように、ブラックドッグたちを撫で斬りにした。

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