第14話 立派な呪言使いに


「なんの……ために……?」


 その質問に、一瞬キョトンとしてしまう。


「強大な力は、容易に人を外道へ堕とします。辿るべき道を見失えば、力はたちまち災厄と化すのです」


 外道へ――。


 その言葉を聞いて、脳裏をバルベルデ公爵の姿がよぎった。


 彼は力と権力を得たがために、まさに外道となった人間だ。


 あんな風には……なりたくない。


 クーデルカは僅かに腰を屈め、


「難しい話に聞こえるかもしれませんが……私は貴方に、誤った道を進んでほしくない」


 目線を合わせて、諭すように言う。


 ……なんのために、か。


 思えば、これまで「早く魔術を使えるようになりたい」ってことしか頭になかったな。


 暴走っていう命の危機が差し迫ってたからな。


 道を誤る以前に、個人的にはそっちの方が恐ろしいんだが――


「……僕の魔力は、もう暴走しないの?」


「暴走?」


「〝魔沸〟をいっぱい抑えたせいで、溜まった魔力が暴走するかもって言われた」


「……誰にです?」


「ベルトレ卿ってお爺ちゃん」


 僕が教えると、彼女は「ああ」と納得したような顔をする。


「大丈夫です、その心配はいりません」


「! 本当!?」


「赤ん坊の頃に〝魔沸〟が頻発するのは、魔法使いの特徴の一つですからね。〝魔沸〟を乗り越えて三歳まで成長できたなら、まず暴走の危険はないでしょう」


「そ、そうなんだ……」


「これは魔法使いに関する資料をかなり読んでいないと、普通は知らない知識ですから。彼がそう言ったのも無理ないですね」


 ……マジか。

 肩の重荷がスゥーっと落ちた気分だよ。


 良かった、もう暴走の心配はしなくていいのか……。


「もっとも……頻発する〝魔沸〟の苦しみは常軌を逸していたはず。今の貴方に記憶はないでしょうが、よく乗り越えられたと思います」


 いや、覚えてるよ。

 それもバッチリ。


 もう必死に〝魔沸〟を抑えようとしてたんだからな!

 本当にしんどかったんだぞ!?


 ――あ、でもそう考えると、あの頃の努力も無駄じゃなかったと言えるのか。


 結果的に〝魔沸〟に負けなかったワケだし。


 しかし、本当に一安心だ。


 父と母にも心配かけたな……。

 後で二人にも報告しなくちゃ。


「過去、成長した魔法使いの魔力が暴走したなんて記録はありません。……意図的な事例を除けば」


「――え?」


「遥か昔……正気を失った魔法使いが、自らの魔力を故意に暴走させたという記録はあります」


「それは……どうなったの?」


「……一つの都市が消滅したと、資料には書かれてありました」


「!」


 その一言に、緩みかけた気が再び引き締められる。


 そうか……さっき彼女が言った言葉が、まさにそれ・・なんだ。



 〝辿るべき道を見失えば、力はたちまち災厄と化すのです〟



 やろうとさえ思えば、無数の人々を苦しめて不幸にできてしまう。


 英雄にも死神にもなれる力。


 だからこそ〝なんのために使うのか〟を決めて、力を自制する。


 それがとっても大事なんだって、クーデルカは理解してるんだ。


「もう一度言いますが……私はリッドに、そんな末路を迎えてほしくない」


 悲しそうな目をして彼女は言う。


「僕は……」


 なんのために――?


 そんなの、決まってるよ。


「僕は……父様と母様のために力を使う!」


「ご両親の……?」


「うん! 二人の……スプリングフィールド家のために!」


 父と母は、魔力がないせいでずっと苦しい思いをしてきた。


 貧乏で、他の貴族からバカにされて、最後には爵位剝奪までされそうになるほどに。


 だったら僕がやらなきゃいけないのは――ただ一つ。


 スプリングフィールド家を再興し、両親に恩返しをすること。


 優しい父と母に、もう誰にもバカにされない人生を送ってもらうことだ。


 そのために――僕の魔力で、スプリングフィールド家の名誉を取り戻してみせる。


 でも、だからってバルベルデ公爵みたいに傲慢な貴族になるのだけはゴメンだ。


 僕は父のような、気高い貴族になりたい。

 いや、絶対になるんだ。


 誰にも恥じることのない、立派な子爵に。


 立派な――【呪言使い】に!


 死神になんて、なってやるものか!


「……お家のために、ですか。なんとも人間臭い目標ですね」


「駄目、かな?」


「いいえ。誰かのために力を使うのは、決して悪いことじゃありません」


 クーデルカは背を伸ばして胸を張ると、


「いいでしょう! 私は優しいので、九十五点を差し上げます」


 僅かに微笑んで、そう言ってくれた。


「……残りの五点は?」


「それは――教えません。貴方が自分で考える課題にしましょう」


「え~? ケチんぼ」


「フフ、なんとでも言ってください」


 彼女はそう言うと、仕切り直すように大きく息を吸い、


「では今後、リッドはスプリングフィールド家のために力を使うように」


「うん!」


「それと私の許可なく〝呪言〟を使うのも禁止です。お返事は?」


「え~?」


「そこは素直に「はい」と返事するところですってば。本当に可愛くない子ですねぇ」



 ――この日から、僕は彼女に〝呪言〟の使い方を教わり始める。


 それは待ち侘びた日々の始まりだった。





 だが同時に……僕はまだ知らなかった。


 この後、スプリングフィールド家に危機が訪れることを。


 そして、僕が決めた〝貴族の在り方〟を試されることになるなんて――


 この時は、思いもしなかったのである。

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