第2章 フォレストエンド領の危機

第15話 呪言とは?


「――では、いきますよ?」


「うん、いいよ」


 クーデルカは杖の先端を空へ向ける。

 そして、


「魔力を炎に、灼熱の火球となりて、我が杖より撃ち放て――〔ファイヤーボール〕!」


 ボッ!と豪快な音と共に放たれる炎の球。


 それは上空目掛け飛翔していくが――

 


『――【〝止まれ〟】』



 僕は火球を見つめて命令。


 刹那――火球はピタリと硬直し、空中で動かなくなった。


 まるで時間を奪われたかのように。


「どうかな、クーちゃん先生?」


「百点です。〝呪言〟が完璧に魔術の動きを封じていますね」


 クーデルカが「もういいですよ」と促すと僕は〝呪言〟を解き、火球を解放。


 そのすぐ後に彼女も杖でトンと地面を突いて、火球を消し去った。


「〝呪言〟の扱いに慣れてきてますね。いい感じです」


「えへへ」


「これも私の教育が上手いからですね。流石は私! 百億万点!」


 いや、そこで自画自賛するんかい。

 素直に教え子を褒めろよ。


 そんなだから僕にクーちゃん先生呼ばわりされてるんだぞ?

 

 まあ、そういう性格だから憎めないって側面もあるんだけど。



 ――クーデルカが僕の家庭教師となって、早二週間。


 彼女の魔術・魔法に対する知識はかなり豊富で、〝呪言〟の練習も順調。


 僕は日に日に力を使いこなせるようになっている。


 それに〝呪言〟とはどういうモノなのかも、少しずつだがわかり始めてきた。


「ではおさらいしますが、〝呪言〟とはどんな魔法ですか?」


「言葉に魔力を持たせる魔法!」


「正解。言葉自体が魔力を持ち、それを命令とすることで、対象を強制的に支配・操作するのが”呪言”です」


 クーデルカの座学が始まった。


 相変わらず三歳児が理解できる内容には思えないが、彼女はお構いなし。


 まあ僕の中身はいい歳の大人だから、理解はできるんだけどさ……。


「〝呪言〟は原初の魔法の一つとも言われていて、太古に【呪言使い】を見た者が真似をし始め、体系化したのが〝詠唱〟の始まりとも言われています」


「それじゃあクーちゃん先生、〝詠唱〟で〝呪言〟と同じことってできないの?」


「できません。〝詠唱〟はあくまで魔術を発動するための過程として言葉を用いているに過ぎませんから」


 ――なるほどな。


 例えるなら〝詠唱〟は銃の引き金。

 対する〝呪言〟は銃弾そのものって感じか。

 

 それなら根本からして異なるな。

 そう考えると、


「へぇ~……〝呪言〟って便利だなぁ」


「ええ。ですが扱いには細心の注意が必要です。不本意な発言が惨事を起こしかねません」


 でしょうねぇ。


 もし万が一、誰かに「死ね」なんて言った暁には、本当に殺しちゃうからな……。


 便利で強力無比。

 だが、うっかりが許されない。


 無意識に言葉に魔力を込めちゃうこともあるから、注意しないと。


「もう一つおさらいです。〝呪言〟に出来ることとは?」


「言葉で物体モノに命令すること」


「正解。〝呪言〟は人・物問わず、リッドが知覚できる相手になら効力を発揮します」


 彼女は「では――」と言葉を続け、


「逆に、〝呪言〟で出来ないことは?」


「僕の魔力より、もっと強い魔力を持つ物体モノに命令すること」


「最後に、〝呪言〟でやってはいけないこととは?」


「……命令できない物体モノに、無理に命令しようとすること」


 自分でそこまで言って、僕は眉間にシワを寄せる。


「でも、よくわかんない。僕より強い魔力を持ってる相手に、どうして〝呪言〟を使っちゃいけないの?」


「単純に効かないからです。それと……魔力反射が起きるからですよ」


「魔力反射?」


「強すぎる魔力に弾かれた〝呪言〟が、リッドの肉体へ帰ってきてしまうんです」


「……そうすると、どうなるの?」


「肉体……特に〝刻印〟のある喉が、著しいダメージを負うでしょうね」


「!」


 なるほど……。

 相手の実力も見定めず、無暗に命令するのも危険か……。


 覚えておこう。


「……もしも〝呪言〟が効かない相手と出会ったら、どうすればいいのかな」


 一介の魔術師が相手なら、たぶん僕の魔力は負けないと思う。


 なにせ百年ぶりに〝特級〟認定された魔法使いらしいし?


 バルベルデ公爵にもちゃんと〝呪言〟が効いたしさ。


 でもこの世界には、人以外にもモンスターのような危険な存在もいる。


 彼らの中には、強い魔力を持つ個体だって当然いるはずだ。


 そういう奴と遭遇した時の対処法も知っておかないと。


 ――と思って僕は尋ねたのだが、


「それは貴方の努力と工夫次第です」


 クーデルカは、なんともあっけらかんと答えた。


「ど、努力と工夫って……」


「フフ、教え子が自分で考えるように促すのも、先生の立派な役目ですから」


 むぅ、ごもっともなこと言うな。

 クーちゃん先生のくせに。


「安心してください。答え・・はちゃんとありますし、順を追って教えていくつもりです」


 クーデルカはそう言うと「さ、練習に戻りましょうか」と杖を握り直す。


 う~ん……。

 色々とわかってはきたけど、未知数な部分も多いよなぁ。


 とにかく〝呪言〟は慎重に使っていった方がいいだろう。


 そんなことを思いつつ、僕も再びクーデルカとの練習に戻ったのだった。


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