第10話 貴女が僕の家庭教師ですか?


 魔力測定の一件から、一ヵ月が経った。


 フォレストエンド領の実家に戻ってきた僕と父は、あれから以前と変わらぬ日々を過ごしている。


 父は領民たちと狩りに出掛け、僕は何度も家の本を読み返す。


 そんな毎日を送り、今日も家族三人で質素な夕食を迎えようとしていたのだが――


「そういえばあなた、昼間にお手紙が届いておりましたよ」


 母は豆のスープが注がれたお皿をテーブルに運びつつ、不意にそんなことを言った。


「ん? 差出人は?」


「テオドール・ヴァルテン閣下からです。もしかした件の……」


「おお、ようやく来たか!」


 母は戸棚に置いておいた手紙を取り出し、父へと渡す。


 赤いシーリングワックスで止められた茶色い封筒。


 父はとても喜んだ様子で封を切り始める。


「校長先生から、お手紙届いたの?」


「そうだぞリッド。これはお前にとっても大事がお手紙だ」


 封筒の中から一枚の手紙を取り出し、「どれどれ……」と文章に目を通す父。


「”親愛なるゲオルク・スプリングフィールド子爵殿。

 ご子息の家庭教師役をようやく送り出しました。

 すぐにそちらに着くと思う。

 若輩で生意気な不束者じゃが、有能なので頼るとよい。

 きっとご子息とも気が合うであろう。

 とりあえず、飯の用意をしてやっておくれ”

 …………と書いてある」


「ご飯の用意? どういうことでしょう? それなら今丁度――」


 母が言いかけた、その時――ドンドン!と家の玄関がノックされる。


 誰かが尋ねてきたらしい。


 しかし、今はすっかり日も暮れた夜。


 そこら中に街灯がある現代日本と違って、夜のフォレストエンド領はほぼ真っ暗。


 ぶっちゃけ出歩くだけでも一苦労だ。


 それに野生の狼が出没したりもするので、危険ですらある。


 だからこの時間に人が尋ねてくることは極めて珍しい。


「まあ、こんなお時間に誰でしょう? はーい、今出ますから!」


 夕食の準備を中断し、母はパタパタと玄関ドアの方へ向かっていく。


 そしてガチャリと戸を開けた。


 すると、そこには――


「あら? 誰もいない……」


「……すみません奥方様、下です、下」


「え?」


「ここです! ここにしっかりとおりますので!」


 母は視線を↓へと下げる。


 ――ちなみに、母の身長はだいたい160センチより少し高いくらい。


 この世界の女性としては高くも低くもないが、流石に男性の平均身長と比べると低め。


 父ゲオルクとか180センチ超えてるし。


 だから「こんな時間に尋ねてくるのは男性しかいないだろう」と思って、見上げるように視線を上へと向けたのだろうが――実際は違った。


 そこに立っていたのは、巨大な三角帽子を深く被った小さな少女・・・・・


 身長は140センチあるかないか。


 桃色に近い赤毛を長く伸ばして三つ編みにし、

 特徴的な翠色のローブコートを羽織り、

 夜の暗闇に浮かび上がる琥珀のように白い肌を持った、


 そんな、ちんちくりん・・・・・・な少女だったのだ。


 オマケに手には身長よりも長い杖を持っているため、余計に背が低く見えてしまう。


「あ、あら、ごめんなさい! 私ったら気が付かなくて……!」


「いえ……どうぞお気になさらず……」


 母の一言に対し、言葉とは裏腹になんだか傷付いた様子の少女。


 彼女は呼吸を整えると、


「コホン、こちらがスプリングフィールド子爵のお屋敷で間違いありませんか?」


「え、ええ。そうですけれど……」


「私はあのクソじじい――いえ、テオドール・ヴァルテン校長の指示の下、魔術学校から派遣されてきた魔術師です。ゲオルク・スプリングフィールド子爵にお目通り願いたい」


「! おお、キミが……! 俺がゲオルク・スプリングフィールド子爵だ!」


 椅子から立ち上がって彼女を出迎える父。


 同時に少女も、不釣り合いなほど大きい三角帽子を頭から脱ぐ。


 すると――細長く尖った耳が、ピョコっと姿を現した。


 テオドール校長と同じ――エルフの耳が。


「初めまして子爵殿。私はクーデルカ・リリヤーノ。本日からご子息の家庭教師を務めさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」


「う、うむ。よろしく頼む……」


「…………ところで、あの、その……」


 クーデルカというエルフの少女は、急にモジモジとし始める。


 直後、ひゅうっと風が室内から玄関へ抜けていった。


 夕食に用意した豆のスープの香りをまとった、そんな風が。


 彼女はそれを鼻で吸い込むと――ガクッと膝を曲げて地面にへたり込む。


「うぅ……いい匂いがぁ……」


「ど、どうした!?」


「……失礼ながら、まずはご飯をいただけないでしょうか……? 一昨日からなにも食べてなくてぇ……」

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