第9話 校長の提案


 気が付けば、テオドール校長がすぐ傍までやって来ていた。


「あ……あれ? 僕、今なにを……?」


 感じていた喉の熱さが消える。


 直後、バルベルデ公爵に声が戻った。


「っ、はぁー……! はぁー……!」


 彼は未だ恐怖でカチカチと歯を震わせる。


 それとは対照的に、テオドール校長は実に満足気に長い顎髭を撫でる。


「本物の〝魔法〟を見るのも百年ぶりじゃな」


「ま……ほう……?」


「ルークといいお主といい、実に愉快な光景を見せてくれる」


 そう言いつつ、彼はしゃがんで僕の目を見つめ、


「……じゃが、その力は時として恐ろしい凶器にもなる。使い方を誤ってはならん」


 真剣な眼差しで僕に諭す。


 その言葉に困惑することしかできなかったけれど、「自分は恐ろしいことをしてしまった」という実感だけは確かにあった。


「こ、こ、このクソガキ、よくも――ッ!」


 バルベルデ公爵はようやく落ち着きを取り戻したのか、もの凄い剣幕でこちらを見てくる。


 だがテオドール校長はそんな彼を見て「やれやれ」とため息を漏らし、


「いい加減にせよ、この恥晒しめが」


「なっ……!」


「【賢者の杖】の判定に言い掛かりをつけた挙句、難癖をつけた子供の術中にこうも容易く陥るなど……。それでもバルベルデ公爵家の当主か?」


「む……ぐぅ……!」


「本日の身勝手な発言と行動は、全て国王に報告する。相応の処罰を覚悟しておくのじゃな」


「ク、クソがぁ……ッ!」


 もはやぐうの音も出なかったバルベルデ公爵は、負け惜しみの一声を上げて広場から出て行く。


 当然、自分の子供など置き去りにして。


 全く、一体どっちがガキなんだか。




 この後、魔力測定はすぐにお開きになる。


 集まった貴族と子供たちは、口々に僕やバルベルデ公爵のことを話しながら広場を去っていく。


 結局バルベルデ公爵の息子であるピサロは、ベルトレ卿に手を引かれていったよ。

 可哀想に……。


 最後に僕の方をじっと見つめてたのけど、凄く気まずかったな……。


 最後に父と僕、そしてテオドール校長だけが広場に残り、


「テオドール閣下、本日はお助けいただき誠にありがとうございました……」


「テオドール校長と呼べと言っておるじゃろうに。それに気にするでない」


 深々と頭を下げる父に対し、テオドール校長はハッハッハと軽快に笑う。


「魔術協会の秘宝たる【賢者の杖】をバカにされたとあっては、このワシとて黙ってはいられんかったからな。それに――」


 彼はぐっと背を屈め、再び僕を見る。


「お主の息子は英雄ルークの再来。何故手を貸さずにいられようか」


「リッドは、それほどの……」


「うむ。まさか【呪言使い】を生きている間に再び見られるとは思わなんだ」


「じゅごん、つかい……?」


 僕は首を傾げる。

 

 また知らない単語が出てきたぞ……?


 それに、さっきテオドール校長は〝魔法〟とか呼んでたし……。


 もしかして僕って、普通の魔術師とはだいぶ違うのかな……?


「……時にスプリングフィールド卿よ、一つ提案をしたいのじゃが、よいかな?」


「? 提案、でございますか?」


「そうじゃ。この子はまだ己の力をコントロールできておらぬ。危険な状態じゃ」


「――!」


 危険、と聞いて父の表情が強張る。

 魔力の暴走が頭をよぎったのだろう。


 それは僕も同じだ。


「そこで……リッドが魔術学校へ入学するまで、〝家庭教師〟を付けるべきと思うのじゃが――どうかな?」

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