第36話「言うことを聞いてはいただけまいか」

 特務官になって四か月。

 その間、俺はダンジョンにもぐってもぐって、またもぐって、とにかくもぐりまくった。

 それは大変動やその他の異常現象が多発したからというのもあるが、特務官になりたての自分を一刻も早くいっぱしにするためでもある。

 やると決めた。であればできるかぎり早めに仕事に慣れておくことが、今後の睡眠時間に関わる。


 そうしてダンジョンにもぐりまくった俺は、その過程で多くの民間探索士と関わることになった。

 大変動直後に規制を突破してダンジョンに特攻し死にかけたバカ。

 力試しがしたいという理由だけでダンジョンに特攻し死にかけたバカ。

 酒の材料を求めになんの準備もなしにダンジョンに特攻し死にかけたバカ。

 ほかにも挙げればキリがないが、今思うとこう、全体的に理由がおかしいものが多かった気がする。


 そしてどういうわけか俺はそういうちょっとおかしなやつらの危機によく居合わせた。

 かくいう俺もけっしてダンジョンに慣れていたわけではない。

 とはいえ目の前で死にかけている彼らを俺は捨ておくことができなかった。

 無我夢中で、持てる力をすべて使って、彼らを救出した。

 「なんでそんな装備でダンジョンもぐったんだよ⁉」という問いに対して返ってくるさきほどの理由の数々を聞きながら、半ギレで。

 結果、俺は期せずして自分が救出した民間の探索士と契約を結ぶことになる。

 それが良い結果をもたらしたかどうかは、現在もなお審議中である。

 

◆◆◆


「シンラー、今のやつら、何人か仮死状態になってるっぽいけどどうするんだー?」

「ああ、うん、一応もう蘇生官の手配はした……」

「おお、さすがシンラ、こういうところはちゃんとしてるんだなー!」


 ぺかーっとコン太が笑う。


「あー……でもあいつら今何階層にいるんだっけ……」


 自分でも担当探索士の状況データを集めながら、コン太に訊ねる。


「今、〈筋肉ジジイ軍団〉は23階層にいるぞー!」

「筋肉ジジイ軍団……」


 イザベラ、そこに反応するんじゃない。

 俺の担当探索士はパーティ名が総じて狂ってることで有名だ。


「地味に深いなぁ……」


 近辺の蘇生官の位置情報を取得する。

 23階層は〈神域〉まではいかないものの、出現するモンスターのレベルが総じて高く、そのためか蘇生官は手前の階層に散在していた。


「んー……ちょっと厳しそうだなぁ……」


 近場の蘇生官の人事評価ステータスを特務官権限で確認するが、23階層に向かわせるにはやや戦闘能力に欠けていた。

 一部を除き蘇生官は戦うことではなく生存する力にステータスを全ツッパしているため、23階層を生きて通ることはできても、障害を排除して最短距離を行くことはできないだろう。


「マツゴロウとダイゴロウが死んでおよそ十五分か……あいつら魂の強度無駄に高いからまだ持つだろうけど……」


 とはいえ無限ではない。

 救助要請を依頼した蘇生課からの返答はまだない。

 おそらく近場の蘇生官と連絡を取っているのだろうが、俺の予想だと近辺の蘇生官は23階層に行けないだろう。

 とすれば別の場所から潜行能力の高い蘇生官を今から派遣する形になるのだろうが、わりとぎりぎりである。

 そんなことを考えていると視界の端に蘇生課からの魔導通信画面が開いた。


「マジかよ、地上から派遣するのかよ」


 すでにダンジョンに潜行している蘇生官は対応できないとのこと。

 今期のダンジョンは神域や禁域の数が少なく、潜行可能階層もかなり深い。

 結果としてダンジョンにもぐる探索士も増え、その分蘇生官たちの仕事も忙しくなっているのだろう。


「……しかたない、俺が直接行くか」


 蘇生術式はまっさきに学んだので唯一人並みには使える。


「ほかのパーティからの通信残ってるぞー。だいじょうぶかー?」


 コン太が心配そうに俺を見て言った。


「イザベラさん」


 俺はとっさに斜め向かいの同僚へ視線を送る。


「……はあ、ある程度ならカバーしてあげるけど、あたしも自分の探索士から急ぎの要請とか入ったら対応できないからね」


 イザベラは金の長髪を手でかき上げながらため息をつきつつ、俺の視線の意図を察して承知してくれた。

 ありがたい。


「あっ、シンラ! また別のパーティが28階層で全滅したぞ!」

「えー……」


 28階層はハードな神域だから行っちゃダメってみんなに言ってたんだけどなぁ。どこのパーティだろうなぁ。


「くそっ! どうしようかなぁ‼」


 ホントどうしよう。


『シンラ様、23階層へはわたくしが参ります』


 するとふいにデスク上に魔導通信の窓が開いた。

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