第34話「留守電結晶を再生します」

 ひとまず会議を終えた俺は再び〈ダンジョン対策室〉の事務所へと戻った。


「うわぁ……」


 そこで見たのは、自分の事務机デスクの上にすさまじい数のが突き出ている光景だ。

 それを見てまず眉間をつまんだ。

 頭が痛い。胃も痛い。心なしか吐き気もする。


「毎度毎度、どっからツッコもうか頭を悩ませられる光景だ……」


 デスクの上に置かれたバカみたいな量の書類と、乱雑に転がったけばけばしい色の栄養ドリンクの空瓶。そこまでならまだいい。だがこのデスクのいたるところから突きだしている鋭利な水晶のような結晶体だけは、許しがたい。


「いつも思うんだけど、この伝言方式はおかしいと思うんだ……」


 この結晶体は、魔術製の伝言装置だった。

 通称、留守電結晶。

 結晶を割ると、中から文字があふれてきて、空中に文章を描き出す。青い魔力の光で描かれたその文字列は、傍目に見るぶんには綺麗で幻想的であるが、この職場にあってはだいたいが阿鼻叫喚のたぐいなので、雰囲気もなにもあったものではない。


「ていうか机の上の書類が何枚かぶち破れてるんだけど……」


 なぜこんなにもトゲトゲしい造形にしたのか。誰か責任を取る者はいないか、前へ出ろ。


「はあ……」


 そんなことを思いながら自分のデスクに向かって歩きはじめる。

 途中、バベルの塔ばりに摘み上がった書類にうめき声をあげながら魔導印鑑を押している同僚の横を通り過ぎ、どかっと椅子に座りこむ。


「シンラ、相変わらずえげつない量の通信が来てるわね」


 椅子に座るとすぐに、デスクの斜め向かいから同僚が声を掛けてきた。


「ああ、席を外してからまだ一時間も経ってないんだけど」


 声を掛けてきたのは、さきほどの会議にも参加していた特務官の一人だった。

 きれいな金髪、人形のように整った容姿。雰囲気は少しアールシャにも似ているが、気の強そうなつり目は彼女特有のものだ。――なにより頭から二本のまがまがしい巻角が生えてる。

 彼女の名をイザベラと言った。


「イザベラ、なんで俺の担当だけこんなに騒がしいか理由知ってる? 俺、なんか悪いことしたっけ?」

「まあ、そんなもんなんじゃないの。あんたが無駄に面倒見いいのが悪いのよ」


 イザベラが「しょうがないわね」とでも言わんばかりにため息をついている。


「はあ……お前のところの探索士と交換してほしい……」

「丁重にお断りするわ?」

「ですよねー」


 くそう、このまま放置しとくと書類が犠牲になるばかりだ……急を要しそうなやつから処理するか……。

 通信結晶の表面には例によって光る文字が浮かび上がっている。

 パっと見でも内容がわかるように、自動で要点を抜いて表面に映すようになっているのだ。救国機関の〈術式開発課〉が探索士と特務職員との連携をより図りやすくするために開発した術式だが、まったく彼らは謎のこだわりさえなければ優秀だと思う。

 『トゲトゲしてた方がなんかカッコイイだろ!?』

 えてして優秀なやつらほど謎のこだわりを持っている。


「コン太、右から二番目と左から三番目の通信を再生してくれ」


 通信結晶の表面の文字を適当に読んでから、相棒の名を呼んだ。


「おー、今日もいっぱいだなー」


 デスクに座ると同時にデスクの上に積みあがっていた廃棄書類の中に埋もれていたコン太がひょっこり頭を出す。なんでも、書類の束の中にいると安心するらしい。なんておそろしいやつだ。


「これと、これだなー」


 コン太は間延びした語尾でのほほんと言いながら、ひときわ大きな通信結晶に近づく。

 小さな前足でその結晶に触れると、結晶はパリン、と小気味良い音を立てて砕け散り、中からあふれ出した魔力が宙に長々とした文章を描き出した。


「コン太、ちなみに今の通信文のタイトルなんだった?」

「んー? えーっと――『緊急事態発生。早急に対応を願う』だなー」

「なるほど」


 露骨な文章だ。


「まあいいや、再生頼む」


 訝しさを感じながらもコン太に先を促す。

 コン太は空中に展開された文章を読む間もなく、口を開いてそれらを吸いこんだ。

 けぷ、とかわいらしく息を吐き、それから数秒の間「むむむー」と唸ったあと、再度口を開く。


「ごほん――」


 一拍置いて。


「『やっほー! シンラちゃん元気にしてるぅー? こちら〈キラキラ魔法少女隊〉のリーダー、みんなの魔法少女〈キラリス〉ちゃんだよー! 実はさっき良いお酒の材料になりそうな食材をダンジョンで見つけたんだけど、前に見つけたアダマンタイト鉱石が邪魔で持ち帰れないから、鉱石捨ててこっち持って帰っていいー!?』――とのこと!」


 妙に甲高い声でコン太は叫んだ。

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