第33話「会議と魔術と遺憾の意」

「あー、そんじゃ今日の業務を知らせる。今朝がたダンジョンからモンスターの逆流を感知した。二か月ぶりの〈大逆流〉だ。――よし、そこ遠い目するな。そっちは頭を抱えてブツブツつぶやくな。おい、天を仰いで『おお、神よ』とかやめろ。我が国の神はすやすや就寝中だ」


 とある会議室。内装は大理石の白を基調とした凝った洋装で、中央に二十名ほどが座れる大きな円卓がある。天井にはきらびやかなシャンデリアが妙に虚しそうに揺れている。

 一見するとどこかの優雅な会食場のようでもあるが、そこには一つだけその優雅さにそぐわない光景があった。


「というかお前ら、仕事熱心なのは良いが書類はもっと丁寧に飛ばせよ……」


 円卓の一角で場を仕切っていた狼顔の男がびしりと宙を指差す。

 ガルンだ。


『こうでもしないと仕事が終わらないんですがー!!』

『毎度思うんですけど大逆流直後の会議とか逆に首絞めてませんか⁉』


 そこには謎の力で宙をびゅんびゅんと飛びまわる無数の紙束があった。速さは飛ぶ鳥のごとく、軌道は無節操、ときどき書類同士がぶつかってぐしゃりと潰れている。


「あっ、おい! 魔術紙っつったって今月は予算も少なくて紙は貴重なんだぞ⁉ 特にシンラァ‼ お前はただでさえ馬鹿げた魔力持ってんだから加減しろォ‼」

「いや、俺これでもかなり丁寧にやってるんだけど……」


 ガルンに困り顔を返しつつうなだれる。

 この世界に来て四か月。

 その間に俺は憧れの魔術というものを勉強してみた。

 まあ使えないと仕事に支障があるから半分は業務としてでもある。


「くそぅ……そもそも俺は魔法も魔術もない世界から来たんだぞ……」


 だがこれが難しい。

 もっとこう、仮にも疑似神族の再構成を経てるんだから、「え? やってみたらできちゃいましたけど?」みたいな軽さで修得させてほしかった。

 どうやら俺には神を刀でぶった切ることができる因子はあったものの、魔術をほいほい扱える因子はなかったらしい。


「ガルンさん、シンラさんに人並みの魔術を期待するのはかわいそうだと思います!」


 すると、今度は円卓の一角から快活な少女の声があがる。頭に猫耳をつけたかわいらしい少女――メルだ。

 彼女は特務官ではないが、〈特務三番〉狼顔のガルンの補佐官であるため、基本的に会議にも参加している。

 そしてメルとは早い段階で少し顔を合わせていたため、特務官として働きだしてから割と早い段階で仲良くなった。

 ……仲良くなりすぎたせいか最近俺に対するツッコミが容赦ない。……いや、素か?

 

「はあ……なんでそこまでの魔力があるのに術式を編むのがド下手くそなんだ……宝の持ち腐れってのはこのことを言うんだな……」


 ガルンが言う。

 ガルンは俺と出会った当初、まだただの特務三番だったが、つい二か月前にこれまでの仕事ぶりを評価されてダンジョン対策室の副長になった。

 本人はその辞令を意地でも拒否しようとダンジョンに逃避したりしていたが、結局アールシャにつかまって泣きながら辞令を受け取っていた。

 この人事にはアールシャが前以上に室長として忙しくなり始めたのも影響している。

 実際この会議にアールシャは参加していない。

 なんでも隣国との会議(売られた喧嘩)に対応するために王国上層部と出張に出ているとのこと。

 めんどくさそうだけどデインフェールの外に出られるのは少しうらやましい。


「んああっ! シンラさん! わたしの書類を潰さないでくださいー!」

「あ、ごめん……」


 考え事をしながら書類を飛ばしてたらメルの書類つぶしちゃった。


「大人しくそういう雑務は秘書獣セクレタリに任せたらどうなんだ……」


 ガルンが眉間をつまみながらため息をつく。


「そうする……」


 実害が出てしまったのでは是非もなし。


「――コン太」

「おー」


 間延びした少年のような声が胸元からあがる。コン太だ。

 コン太は定位置と化した俺の胸ポケットから軽い身のこなしで飛び出てきて、円卓にしゅたりと着地する。


「シンラ、ホントに魔術がド下手くそだなー。おれはこんなに魔術が得意なのになー」

「俺から生まれた秘書獣セクレタリにまで言われるとさすがにへこむ……」


 打って変わって自分の机から飛ぶ書類が生き生きと宙を舞いはじめる。ほかの書類に当たりそうになると器用に軌道を変え、いっさいの無駄なくそれは部屋の外へ流れていった。


「お前の魔術的な技能、全部秘書獣に吸われたんじゃねえか……?」

「そうかもしれない……」

「はあ……まあいい。普通の魔術がド下手くそでもダンジョン内部では役に立つしな」


『とりあえずどんな地獄でも生きて帰ってくるー!』

『アンデッドよりアンデッド』


 ガルンに続いて円卓に座る何名かが待ってましたとばかりにはやし立てる。


「どいつもこいつも……」


 まったくもって遺憾である。

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