第三章:新たな業務をお知らせします
第32話「光陰矢の如し(※ただし時は仕事を減らさない)」
「シンラさーん、面接室に〈探索士〉志望のお客様がお見えでーす」
「……はーい、あと七時間くらいしたら行きまーす」
気づけば一週間と三日、寝ずに働き続けている。
「シンラさーん、秘匿12階層【エレの毒森】から担当探索士の救難信号出てまーす。解毒薬の準備不足で探索不能になったみたいですー」
事務所の受付窓口で書類整理をしていた美貌の女性が声をあげた。最近発見された隠し階層はいたるところから毒が噴出してくる厄介な森で、考えなしに踏破するには少し難易度が高い。
「あ、今度は別の探索団のみなさんがダンジョンから帰還したみたいですよー」
「おお、収穫は?」
薬師の手配を手早く終えて、受付嬢に成果をうかがう。
「特にないですー」
とりあえず、一度耳を疑った。
「特に、ない?」
「【記録官】の記録によると、途中で〈ミスリル鉱石〉らしきものを見つけたみたいですが、その場に捨ててきたみたいですー」
捨てたとは、これいかに。
「な、なぜ……?」
「記録によると『なにこれおもーい!』という言葉が残されていますね」
「……」
記録官もせめて、鉱石のひとつやふたつ代わりに拾ってきてほしかった。
「そ、そうか。……いやいや、でもまだ希望はある。昨日別の探索団が未知の鉱石を持ち帰ってきた。今ごろ【鑑定官】たちが『新種の鉱石だ! ウワァ! これは高く売れるゾォ!』とか言って騒ぎ立ててるに違いない」
「あ、昨日の鉱石について今【鑑定官】から査定結果届きましたー。――形がいい感じのただの石ころみたいですー」
「もう、いっかい」
「ただの、石ころ、ですー」
我慢できずにデスクに両肘をついて頭を抱える。
「ぬあああああ!! なんでどいつもこいつもここまで探索運がないんだよぉ!! っというかこれもう運とかじゃなくて単純な探索能力不足じゃん!!」
「シンラさんの担当探索士の方々って基本的にスペック高いですけど、肝心の探索能力だけは皆無ですよねー」
「探索士の本分を、忘れないでほしい」
「あ、シンラさーん、六番の部屋のお客様が『早く来い』とお怒りですー」
「ぬああああああんもおおおおおおん!! どいつもこいつも自分勝手に生き過ぎなんだよぉぉぉ!!」
今日一番の大きなため息。いっそのこと魂まで吐き出してここから逃げ出したい。
「あ、そういえば副長から伝言預かってましたー」
「……ガルンから? なに?」
「一時間後に会議室に集合、とのことですー」
「ああ、残業の気配がする……」
「あはは、残業なんてあってないようなものでしょう? ――この〈ダンジョン対策室〉では」
俺がこの世界にやってきて早四か月。
とても、本当にとても、むしろ形容しがたい濃密さを伴った四か月だった。
「俺、がんばったよね……?」
アールシャに改めて問われて決意と覚悟を決めたあの日のことを思い出す。
「俺、特務官としてがんばってみようと思う」。
はは、あのときの自分をぶんなぐってやりたいぜ。
決意も覚悟も嘘ではないが、見込みが甘すぎました。
「シンラー! 腹減ったぞー!」
デスクの上にちょこんと座ってそういうコン太のかわいさが、今日もまぶしい。
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