第27話「答え合わせをしてもよろしいか」

「アールシャ、まだ少し時間の猶予はあるかな」


 俺は手に持っていた刀を元の要領で左掌にしまいながらアールシャに訊ねる。


「あまり多くはない。すでに向こうの地面は次元の裂け目に落ちているみたいだから」

「救助した探索士たちは?」

「1層へ送ったよ。どうやら事務室にかけられた結界をほかの特務官たちが解除したみたいで、扉の向こうにガルンたちがいたから、先に地上へあげてくれると思う」


 それはなによりだ。やはり彼らは優秀らしい。

 アールシャは少し肩をすくめているが、その顔はどこか嬉しそうにも見えた。


「今しかないから、俺は少し彼に話を聞いていくよ」

「……私がダメだと思ったら、すぐに引き上げる」


 そう言ってアールシャが手を伸ばしてくる。

 彼女のもう片方の手は輪郭の歪んでいる1層への扉をつかんでいた。


「わかった」


 俺はうなずいてアールシャの手をつかむ。

 握り返してきたアールシャの手に込められた力は、何日か前に俺を禁域から連れ出してくれたときと同じように、とても強かった。


「――あなたは、俺のご先祖様ですか」


 そうして俺は、あの禁域に訪れてからずっと疑問に思っていたことを、姿の見えないあの和装の男に訊ねた。


◆◆◆


 あの禁域で感じた懐かしさは、まやかしではなかったのだと思う。

 アールシャから聞いたダンジョンというものの性質。

 あらゆる世界の、あらゆる時間軸と繋がる可能性のある神々の実験場。

 もし、かつて俺が生きていた世界もまた、その神々の実験場の一つなのだとしたら。


【おそらくそうであろうという答えまでしかできない。だが、我が一族は〈裏神楽うらかぐら〉を生業とする。そして我らは裏神楽の際に、夜刀やとうと呼ばれる神を斬ることができる刀を用いる。ゆえに〈夜刀衆やとうしゅう〉と呼ばれた】


 その名はあまりに俺の苗字と所縁ゆかりがありすぎる。


「その〈裏神楽〉というのはなんですか?」


 神楽であれば、聞いたことがある。

 神道において、神に奉じる舞とされるものだ。


【まつろわぬ神を鎮めるために行うもろもろを指して呼ぶ。まあ、この場合の鎮めるというのはおおむねその神を殺すことと同義なのだが】

「そのまつろわぬ神というのは――」


 俺の片腕をつかむアールシャの手にさらに力がこもったのを感じた。

 時間がなくなってきている。


【その名のとおりだ。人に仇なす神。もともとそういう性質を持って生まれたものもあれば、ときに信仰のズレによって生まれる神もある。それを我々は〈裏神うらがみ〉と呼ぶ】

「裏返る……?」

【もともと善神とされた神から分離し、新生する神だ。お前がさきほど斬った裏神も、もとは〈武御雷神たけみかずちのかみ〉と呼ばれる神から裏返って生まれた存在だ】


 その名前は聞いたことがある。

 たしか雷と剣の神とされる日本神話の大物だ。


「シンラ――」

「もう少しだけ」


 アールシャがぐいと俺の腕を引っ張った。

 まだ聞きたいことがたくさん残っている。


【シンラと言ったか。お前には名がある。どれだけ後の世に我らの一族が名を得たのかは知らないが、名を得たということであればこの〈裏神楽〉もどこかで必要がなくなったのだろう。それを私は、嬉しく思う】

「あなたには名がないのか」

【ない。名は存在を規定する。裏返ったものといえど、神は神。名を知られればたたられ、当世のみならず後世にまで長く害をおよぼす。本来われわれが〈裏神楽〉を行う際にで顔を隠すのも同じ理由からだ。我々は名を捨て顔を隠し、夜にまぎれてただ神を斬る】


 そうか。だからさっき、コン太は俺の顔を隠したのか。

 おそらくあの死に際の雷龍の視線は、神の祟りだった。


「シンラ! もう無理だ! 次元の狭間に閉じ込められる!」


 またアールシャが俺の腕を引っ張った。

 ここまでか……。


【シンラ、我が末裔。お前の魂から生まれた狐は、いくばくかその魂に刻まれた記憶の断片から我々一族の生業なりわいや力について知りえているはずだ。もしくは、今後もこのようなことが起きるかもしれない。私以外の誰か、私のさらに前か、後か。いずれにせよ、そのようなことがあれば刀と面を符号ふごうに話をするといい】


 「どうやらお前の代に再び神を斬る必要性が出たようだからな」と男が付け加えたころには、俺の体は半分ほど1層への扉へ吸い込まれていた。


壮健そうけんであれ、我らが未来の子よ】


 最後に、彼は慈しみを込めた優しい声で、そう言った。

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