第25話「崩壊2層:赤い空」
2層へ突入して最初に思ったのは、
「あ、ヤバいわ」
そんな漠然とした感想だった。
赤い空、そこに空いている無数の黒穴。
その穴はどこまでも暗く、吸い込まれたら戻ってこれないということを確信させる嫌な吸引力があった。
あれほど爽快な景色だった草原は、今や地獄のごとき様相である。
「足場が悪いな」
地面は隆起し、すでに浮いている部分もあった。
俺はできるかぎり崩れそうな足場を避け、顔横に開いた魔導スクリーン上のマップを頼りにアールシャのいる場所まで駆ける。
「うおっ」
ふとマップを横目に見たとき、かなり近くに突如として黒穴が開く。
さらにそこから青白い稲妻のようなものが飛んできて、とっさに身体を傾けて避けた。
【神狩りめ】
そのとき、穴の中から声が聞こえた気がした。
「コン太」
「今ので解析したー! 防御術式展開するぞー!」
コン太が俺の言わんとすることを一瞬で察して魔術を展開する。
俺の周囲に青い膜が現れた。
「ありがとう」
「まっかせろー!」
そのあとも何度か同じように稲妻が襲ってきたが、それらはコン太が展開してくれた魔術バリアが防いでくれた。
それからさらにいくばくか。
アールシャのアイコンが近い。
そして――
「アールシャ!」
いた。
彼女は頬に大きな切り傷を作り、それでもなおその小さな体で人を二人担いで歩いていた。
「――シンラ、どうして」
アールシャは俺の姿を見つけるとまず目を丸くした。
次に困ったような苦笑。
最後はそのどこか艶やかな切れ長の目にわずかな非難の色を乗せて、
「どうして来たんだ」
どうして。
どうしてだろうか。
ほんの数日前まで、ただのブラック公務員だった俺は、どうしてこんなところまで来てしまったのか。
あらためて問われると少し返答に困る。
「アールシャを、助けたいと思って」
とっさに口にした言葉は、それでもたぶん、本心だった。
しかし、自分の状態とこの状況と、照らし合わせて客観的にみると「なにを言っているんだお前は」ともう一人の自分が頭を抱えそうで。
ほんの少し耳が熱くなる。
「――そうか」
そして俺にそんな言葉をかけられたアールシャも、また少し驚いているようだった。
大きな目がぱちくりと動いて、そして――
「ありがとう」
彼女の笑顔は、想像していた以上に、綺麗だった。
「その二人で最後?」
こんな状況で彼女の笑顔に見とれてしまった自分が少し恥ずかしくなって、とっさに話題を変える。
「そのはずだ」
「俺が担ぐよ」
大の大人ふたりを華奢な少女が両肩に担いで歩いている光景自体どこか現実離れしているが、それでもやはりアールシャには荷が重そうだった。
万全の状態の彼女なら問題ないのかもしれないが、近くで見ると顔の傷以外にもいくらか血痕が見て取れる。
「この傷は例の3層の神性存在につけられたんだ。境界崩壊が起きたせいで、向こうからこちらにちょっかいが出せるようになってる」
ここに来るまでに俺が受けた青い雷撃がそれだろう。
俺はアールシャから意識を失っている二人の探索士を預かりながら、周囲に目を向ける。
「穴が増えてきたね……」
「次元の穴と穴がつながりはじめると境界崩壊も末期だ。いつ空間が壊れてもおかしくない。――急ごう」
言われ、探索士を担いだ俺とアールシャは走り出す。
「コン太、防御は任せる」
「おう!」
「コン太もありがとう。君ほど優秀な秘書獣が助力してくれるのは、とても助かるよ」
アールシャがコン太にそう言いながら頭をなでる。
「むふん! 当然だぞー! おれはシンラの相棒だからなー!」
コン太は嬉しそうに鼻息荒く答えて、周囲にさらに何重かの防御結界をかけた。
本当に、この狐っこには世話になりっぱなしだ。
◆◆◆
それからさらに数分。
コン太の助けもあって、どうにか1層への扉が見えるところまでたどりつく。
これならなんとかなりそうだ。
「急ごう。階層間をつなぐ扉もだいぶ歪み始めている」
壊れ始めた草原にぽつりとたたずむ豪奢な扉は、輪郭がところどころ歪んでいた。
アールシャに言われ、走る足を早める。
そのときだった。
【逃がすか、神狩り。ここで根絶やしにしてくれる】
悪寒。
振り向く。
黒い次元の裂け目から、天を貫かんと雷の大剣が伸びていた。
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