第24話「※ただし六号特務官を除く」

 そして、結界が割れた。

 力のまま左右に結界を開きながら、勢い任せに片足を突っ込む。

 結界に比べたら事務室の扉などうすっぺらい紙のようなものだ。

 蹴りで扉をぶち割り、その勢いのまま向こう側へと体を滑り込ませた。


「はあ……はあ……」


 後ろを振り向くと、すでに閉まってしまった結界の向こう側でほかの職員たちが唖然としていた。


「マジかよ……」

「なんとかなった! 俺、2層に行ってくるからなんか補助とかいろいろ――お願いします!」


 そう告げると、結界の向こうの特務官たちが真剣なまなざしでうなずきを返してくれた。


「っ、シンラ! 三つ隣の部屋に特務官用に仕立てられた装備の倉庫がある! どれでもいい! 手になじむもんを片っ端からもってけ! あと服もだ!」


 そう教えてくれたのはガルンだった。

 すでにガルンは手元に魔導スクリーンを開いていて、次の作業に取り掛かっている。

 きっと彼も優秀なのだろう。


「わかった――あ、いや、わかりました!」

「敬語はいい! 時間と労力の無駄だ!」


 その言葉にうなずきだけを返し、俺はダンジョンへ繋がる地下への道を走り出す。

 途中、ガルンの言っていた装備倉庫に立ち寄り、適当な鞘付きの剣と黒い軍装らしき服をかっぱらった。


◆◆◆


 ダンジョンに繋がる扉への道を走る間に、次々と顔の横あたりに魔導スクリーンが開いて、現在の2層の情報やそのマップ情報やらがリアルタイムに更新されていく。

 対策室の職員たちによる補助だろう。

 そのマップの中にはアールシャを表す位置情報アイコンもあって、とりあえず俺はそこを目指すことにした。


「コン太、俺、いまいち魔法とか魔術とかよくわからないから、俺がヤバいときは良い感じにフォローしてくれない?」


 廊下を走りながら、新たに羽織った軍装の胸ポケットに収まったコン太に言う。


「あったりまえだー! おれに任せとけー!」


 コン太から例のごとく心強い返事が返ってくる。ありがたい。


「よし、見えた」


 地下空洞へ続く階段を十段飛ばしに降り、数時間ぶりのダンジョンゲートを目視。

 俺はまったくためらいを覚えることなく、その扉をくぐった。


◆◆◆


 第1層を最速で駆け抜ける。

 人の姿はすでにほとんどない。

 それどころか、あのステータスがバグったゴブリンの姿もほとんどなかった。

 これが大変動の影響なのかもしれない。


「よっと」


 岩壁を蹴ったり跳び越えたりしながら先へ進む中で、俺は徐々に自分の体と感覚が馴染んでいくのを感じた。

 存在因子の組み換えによって再構成された体に、精神側が追い付きはじめたのかもしれない。

 どれくらいの距離なら跳べて、どれくらいのものなら殴って壊せるのか。

 後者についてはあの結界を割ったことも影響しているかもしれない。


【シンラ! 1層の変動率も徐々に上がってきてる! 境界崩壊が起こるのも時間の問題だ! 急げ!】


 顔横に開いた魔導スクリーンからガルンの大きな声が聞こえた。


「了解」


 あまり悠長にしていると帰り道がなくなったなんてことになりかねない。


「しかしアールシャはどれだけ粘るつもりなんだろうな……!」


 2層の探索士を救うために単独でダンジョンへ潜行したアールシャ。

 その行為はまさしく英雄のごとくだが、自分も帰れなくなる――言ってしまえば死ぬかもしれない――という状況においてそういう行動を取れるのは、ある意味で狂気だ。

 アールシャがこれまでたどってきた人生がそうさせるのか、またはダンジョン対策室の室長という立場がそうさせるのか。

 いずれにしても、それは本人に聞かなければわからない。


「見えた、2層への扉だ」


 ようやく2層への扉を発見する。

 最初に見つけたときよりだいぶ扉までの道が整備されていて、かなり短い時間でここまでくることができた。

 こういう仕事も探索士や特務官の仕事なのだろう。


「境界崩壊してる階層がどんなものかはわからないけど」


 俺は足を緩めることなく扉をくぐった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る