第23話「人材保護のため封印結界を執行する」
足早にダンジョン対策室の事務室へ向かい、おそるおそる入口から中をうかがう。
「どうなってんだ! 大変動にしちゃ早すぎるだろ……!」
「みなさん避難してくださぁーい!」
事務室の中では特務官やその補助職たちが目まぐるしく動き回っていた。
「あ、シンラさん!」
そんなあわただしい事務所の中に、あの補助職の猫耳少女の姿を見つける。
「あの……俺になにかできることある?」
そう言った瞬間、事務室内のすべての視線がバっとこちらを向いて、きゅっと心臓が引き絞られた。
「ある! あるあるある‼ よく言った新入り今すぐ第3層手前までダッシュだ‼」
そう言いながらまっさきに俺の肩をガっとつかんだのはやや言葉遣いの荒い男の獣人だった。
頭は狼、というか猫耳少女と違って獣側の特徴が強い見た目だが、言葉ははっきりしているしなにより二足歩行している。
「やめてください〈ガルン〉さん! シンラさんはまだ着任して――あれ、何日目でしたっけ」
そんな獣人男を制止するのは猫耳少女だった。
そうだね、俺ももう何日目だったかわからなくなったよ。
「あの、とりあえず状況を聞かせてもらえれば……」
そもそも3層まで行って俺はなにをすればよろしいのか。
猫耳少女はまだ怪訝な表情をしていて、俺をダンジョンにもぐらせることに躊躇しているようだった。
そのあたりでふと彼女の首からぶら下がる名札が目に入って、そこに『三号補佐官:メル・システリア』と名前が書いてあるのを見つける。
「シンラさんもさきほどの放送ですでにダンジョンの大変動――階層構成の変動――が起きているのは知っていると思います。今現在、その大変動に民間の探索士が巻き込まれるのを回避するため、ダンジョン対策室は各探索士へ避難経路の誘導などを行っています」
「なるほどなるほど」
「ですが実は……今回の変動の初期段階で2層に大規模な境界崩壊が起きてしまっていまして……」
「きょうかいほうかい」
イメージがつかみづらい。
「簡単に言いますと、本来扉をくぐらなければ接続されない階層間が、いたるところで繋がってしまっている感じです。階層の境界に穴がぼこぼこ開いちゃってるのをイメージするとわかりやすいかもしれません」
あーはいはい。
なぜか猫にぶち破られた障子を思い出した。
「で、その2層と隣り合う階層といえば、1層と――」
禁域、第3層。
「1層の探索士はすでに大部分避難が済んでいますが、2層の地中資源を探しに行っていた何人かの探索士がまだ戻ってきていません。境界崩壊が起こると避難経路が秒単位で変わります。そしてなにより、その秒単位で空間に穴が空いている2層の情報をこちらへ伝えてくれる探索士がそもそもほとんどいないので――」
かなり難しい救出劇になっているのだろう。
「本来ならオレたち特務官が直接出向いて引っ張りあげるのが一番手っ取り早いんだが、上がそれを止めやがった」
ガルンと呼ばれた狼顔の男が苦虫をかみつぶしたような顔で机を叩いた。
上、つまり上層部。
行政である以上、当然各課のトップよりさらにその上、いわゆる部長だとか、大臣だとかがいるのだろう。――あるいはバックにいるあの〈怠惰の神〉ジェスターが、なにかしら手を下したのかもしれない。
「残りの探索士を助けることより、特務官を失うことを恐れたのかな」
俺がそう言うと、「察しが良くて助かる」とでも言わんばかりに猫耳少女メルがうなずいた。
「――アールシャは?」
「室長は……」
そこでその場にいた者たちの顔が同時に曇った。
なにか嫌な予感がする。
「特務官の潜行禁止令を上に進言したのは室長だ。んで、当の本人はその決裁が下りる前に室長権限で第2層へ単独潜行しやがった」
「ああ……」
その行動に、アールシャ・アールライトという人間の性質が如実に表れていると思った。
そうか――彼女はそういう人間なのかと、腑に落ちた感じがした。
「それって俺も対象なのかな」
俺はすでに正式にダンジョン対策室の特務官になっているという。
上からの下された潜行禁止令というものがどういった形で作用しているのかはわからないが、もしかしたら着任したばかりの俺はまだ対象になっていないかもしれないという淡い希望があった。
「試してみろ」
そう狼顔の男ガルンが事務室の扉を指さしながら言った。
俺は促されるまま扉の取っ手を手に取ろうとして――
「あいたッ!」
バチリと。鋭い音とともに手が弾かれる。
見ると扉の前に青白く透明な膜のようなものがあった。
「疑似神族の神格術式レベルの結界術が貼ってある。入ってくることはできるが、出ることができねぇ。……力づくでこれを開けるのは無理だ。今何人かの特務官で解析しちゃいるが、時間が掛かる」
その上、おそらく単独で2層を走っているアールシャから届く情報をもとに、残りの探索士を誘導する仕事もこなさなければならない。
八方ふさがりとはこのことを言うのだろう。
「コン太、この結界なんとかできる?」
俺は胸ポケットに収まっていたコン太に訊ねた。
「んむむー……できるけど、ちょっと時間かかるぞー」
さすがコン太。でも時間が掛かるのはやはり同じらしい。
そう、今は一刻を争う。
俺は一度大きく息を吐いた。
「――俺が、やってみる」
正直、痛いのは嫌だ。
でも、もしかしたらできるかもしれないという可能性が、頭の片隅に浮いていた。
疑似神族の神格術式。
それがどれくらいすごいものなのかはわからないが、俺の中には、神殺しの血が流れているらしいことをつい数時間前に知った。
その力を具体的にどう発揮するのかも同じく皆目見当がつかないが、
――試さない理由はない。
アールシャには世話になった。
今はそれだけで十分だ。
「あ、おい――」
俺が再び事務室の扉に手を置こうとするのを見て、狼顔の男ガルンが制止の手を伸ばしてくるがもう遅い。
「いってー!」
再び激痛。
だがそれに構わずまず片手の指を力ずくで膜に突っ込む。
「生意気なんだよ……‼」
神だか疑似神族だか知らないが、人にブラックな制約をさんざんつけてきやがって。
指先にバチバチと稲妻のようなものが弾け、わずかに指先が結界を貫通する。
「クソがああああ……‼」
その隙間にもう片方の手を勢い任せにつっこみ、腕と背中の力を総動員。
「こんなブラックな職場聞いたことねぇんだよッ‼」
結界が、べきりと音を立てた。
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