第22話「事務分掌(強制)」
「思った以上に混迷の時代だった」
「しっちゃかめっちゃかだー」
まあダンジョンなんてものがぽこぽこ湧き出てるんだからそれもそうか。
いやしかし――
「ファンタジーだぁ……というか戦記臭がするファンタジーだぁ……」
あらためて日本は平和だったんだなと思う。
無論、世界という単位で見たり、細部をうがってみればわりとこの世界に引けを取らない部分もあるだろう。
だが生粋の一般日本国民であった俺からすれば、戦争とか、正直、対岸の火事であった。
「こういう歴史見ると、ダンジョン特化の公務員でよかったのかもしれない……」
たとえ九徹がデフォであっても。
……たぶん。
「はあ……どうしようかなぁ」
「シンラは特務官だろー? しかもやめられないみたいだしー」
「そうだな……いやそうなんだけど……」
ついでに、アールシャがぼそりと言っていた『疑似神族に魂を縛られている』という言葉についても調べてみた。
「加護を受ける代わりに、さまざまな制約を受ける……と」
中でも特筆すべきは、指定された職務を自発的にやめることができないという点。
……やったね! これで職に困ることはないよ!
「クソがぁ……!」
ブラック度ここに極まれり。
やめられないブラック会社ってそれもう呪いの装備の究極系じゃない?
「そのうえ、職務以外でデインフェール領を出ることができない」
「えー、おれ、いろんなところ行ってみたいぞー」
俺もだ、コン太。
RPGゲームでも異世界に召喚されて最初の国に軟禁されるとかあんまり聞いたことない。クソゲーかな? マップにはいろいろ表示されてるのに……!
「おおむね俺の状況がつかめてきた……」
と同時に悲哀が満ちてくる。
金はたまるというアールシャの言にわずかな希望を抱いていた。
この仕事はすでにたとえようもなくブラックだが、そんななかでかろうじて幸運なことに、俺は異常なまでに丈夫な肉体を手に入れた。
であれば、持ち前の公僕メンタルでいくばくかの間耐え続け、良い感じにふところが潤ったあたりで高飛びし、スローライフを送ってやろうと。今までいじめ抜いてきたこの心身に、今こそ休息をと。
「ジーザス、神は死んだ」
「さっき会ったぞー」
コン太のツッコみが今ばかりはわずらわしい。
「いや待て、俺のご先祖様、神殺しを生業にしてたって言ってたよな?」
ふと思い出す。
「あいつ、死ぬのかな……?」
「殺しても死ななそうな感じだったなー」
たしかにそうだ。しかしアールシャを含むダンジョン対策室の特務官たちが、なぜジェスターをぶっ飛ばす方向で一致団結しているのか、ようやく理解した。
「まあ、いずれにしてもすぐどうのこうのってわけにはいかない」
俺はまだ不安定な足場の上にいるし、先祖が神殺しって言っても実感はない。
それになにより――
「少なくとも、あのピエロがいることでこの国は生き残っていられるんだもんな……」
そう、俺個人の話ならまだいい。
だがあのジェスターとかいう疑似神族は、その加護で結果的にデインフェールを滅亡から救っている。
そして今なお、その加護を頼りにダンジョンを探索し、それゆえに国民は生きていけている。
「……ふう」
少し、俺のやるべきことが見えてきた。
「まずは、もっといろんなことを知って、そしてもっと強くなろう」
なんだかんだと言っても、俺はまだこんなファンタジー世界に丸腰でやってきたぺーぺーの探索者に等しい。
知識も乏しいし、剣呑とした世界で身を守るには技術も足らない。
良くも悪くも生きていることの大切さを再確認できた。
どうやら俺は元の世界に戻れなくともまだ死にたくないと思っているし、そのことに気づいてから視界が開けたせいか、もっとこの世界を知りたいとも思っている。
「それに、受けた恩は返さないとな」
あの怠惰の神はともかく、アールシャには何度も救ってもらった。
だから、少なくともその恩は返したいと思う。
「ちょっと飴と鞭を使われてる気がしなくもないけど」
とにかく、知らねばならない。
この国を生きる人、この世界を生きる人、そして同じ職場で働く人。
彼らがどういう思いで生きていて、どういう思いでその歩む先を見ているのか。
「俺も、前を見よう」
終わらない仕事に、下ばかりを向いていた気がする。
けれど、これからは違う。
前を向いて、もう少し自分を褒めながら、歩き出してみようと思う。
「心配するな、おれが一緒にいるぞ、シンラー!」
「そうだな、ひとりじゃないしな」
そういってコン太の頭をなでた直後、それは来た。
【ダンジョン対策室よりお知らせします。――大変動です。特務官および補助者各位は事務室へ参集してください。なお今回の大変動が前回の大変動から異常なまでに早い周期で発生したことに伴い、王国領内の時空間魔術士総員による空間固定を実施しております】
けたたましく鳴ったサイレン。
やや上ずった女性の声。
データ端末を置いていってくれた職員が、同じく設置していったスピーカーから、それは聞こえた。
【現在、第1階層から第2階層まで民間の探索士が調査に入っています。退避までどれだけ時間が稼げるかはわかりませんが、各自頼れるツテがあればダンジョン内に潜行している探索士を救助するお力添えを依頼してください。――繰り返します】
なんだか不穏な空気だ。
俺にできることはたいしてないかもしれないけれど――
「コン太、行こう」
「おー!」
どうやら俺も、すでにダンジョン対策室の特務官らしいので、やれることはやってやろうと思う。
俺は執務室を出て、ダンジョン対策室の事務室へ急いだ。
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