第20話「魔導通信ログ:財政課」

パシり:「リーベルさん、ダンジョン対策室に行ってきました」

氷道:「どうでしたか?」

パシり:「やっぱり第3階層の探索はおすすめしないとのことです……」

氷道:「ふむ」

パシり:「で、ですが、もうちょっと努力してくれってちゃんと言ってきました!」

氷道:「まあ、〈禁域〉は努力でどうこうなるものじゃないのですけどね」

パシり:「えっ」


――システム:【同時】呼称をまとめます


有象無象(財政課5名):「課長それはひどい」

氷道:「しかし、釘を刺すことは必要なことです。我々の意見を通しやすくなります。お疲れさまでした」

パシり:「はい……」


――システム:【同義語】呼称をまとめます


有象無象(財政課5名):「まあ元気出せって、パシり」

パシり:「あの、みなさんいい加減にぼくのことパシりって呼ぶのやめてくれません……? 最近ほかの課でもパシりって呼ばれるんですけど……あ! ていうかぼくの魔導通信のハンドルネームがまたパシりになってるんですけど! 誰ですかハッキングしたの!」

氷道:「まあ、それは置いておいて」


――システム:【同時】呼称をまとめます


有象無象(財政課5名):「課長それもひどい」

パシり:「パ、パワハラだ!」

氷道:「……」

パシり:「あ、いえ、なんでもありません……」

氷道:「とりあえず、パシりさんは交易課のゴールド兄妹に声を掛けておいてください。これから大量の魔石をダンジョンから引き上げるので、それを他国へさばく準備をするように、と」

パシり:「わ、わかりました」

氷道:「そのほかの方も関係部署に順次通達を。次の大変動まで厳しい財政状況が続きます。特に食糧面でのひっ迫が予想されるので、食糧課に前期の食用スライムの養殖を急ぐようにと」


――システム:【同時】呼称をまとめます


有象無象(財政課5名):「またスライム生活かああああああ‼」

氷道:「ゴブリンを常食するのとどちらがいいですか?」

有象無象(財政課5名):「スライムです‼」

氷道:「そうですね。ゴブリンはあまりおいしくないので」

有象無象(財政課5名):(特務官ってみんなゴブリン食ったことあるの……?)

氷道:「みなさん、思念が漏れてますよ。それと、特務官とはいえ全員ゴブリンを食したことがあるわけではありません。まあ、私は仕方なく食べましたが」

有象無象(財政課5名):「特務官マジ激務。いろんな意味で激務」

パシり:「はあ……」

有象無象(財政課5名):「元気出せって! パシり‼」


――システム:ログを人事課の魔導通信録へ保存しますか?


氷道:「一部呼称を改変して保存」


――システム:【職権を確認:課長】受理しました


◆◆◆


 「復元を終了します」というテロップが流れ、そのログは閉じた。


「パシり、かわいそうなやつだなー」


 言ってやるな、コン太。そののほほんとした感じで言われるとよけい哀愁がただよう。


「ある意味財政課もブラックかもしれない」


 ダンジョン対策室に居続けるのも怖いけど、財政課にもできれば行きたくないと思った。


「でも、いくつかわかったことがあるな」


 この通信ログの中だけでも気になるワードがたくさんあった。


「スライムを、食う」


 そのうえ養殖までしている。

 ほほう。


「俺も、ゴブリンよりは、まだスライムのほうがいいかもしれない……」


 胃袋がきりきりとしてきた。


「スライムかー、おいしいのかなー?」

「味しなさそう」


 次に、やっぱりダンジョン対策室の特務官はほかの課から見てもブラックらしい。

 あ、そういえば異動願いとか出せるのかな。アールシャに聞けばよかった。


「財政が火の車の国の財政課から見ても激務って……」


 たいてい、財政がひっ迫している行政の財布を握る課は、激務だ。

 無論その他の課もたいへんなことが多いが、そんな他課の改善要望などを吟味し、ときに厳しく、ときに罵倒されながら、それでも歳入と歳出がかろうじて均衡を保てるように、無慈悲にコストカットを行っていく。

 中枢であるがゆえにエリートが行くことが多い課だが、その激務性ゆえに能力があっても行きたがらない者も多い。


「というか、財政課の課長は特務官出身っぽいな」


 気づいたのは、課長と思われる「氷道」さんの経歴についてである。

 しかし、冒頭でリーベルと呼ばれていたが、魔導通信のハンドルネームが氷道になっているのは、あだ名的なものだろうか。


「コン太、救国機関の組織図から財政課の課長の名前って検索できる?」

「ちょっと待ってろー」


 しばらくして端末から別の魔導スクリーンが開き、そこに財政課の席次表が映った。

 

「〈リーベル・アイスルート〉か。なるほど、やっぱり本名じゃないんだな」


 ていうかパシりもそうだけど、行政なのにそういうのはオッケーなんだ。


「魔導通信使用時に使われる魔力とかで本人識別されてるからいいらしいぞー」


 魔力がIDみたいになってるようだった。


「ちなみに、前歴とかわかる?」

「むむー、ちょっと待てー」


 コン太がめずらしくうなる。


「んー、前にダンジョン対策室にいたってことまではわかるけど、その出自とかはかなり厳重にロックかかって時間かかりそうだぞー」


 ん?

 この今のところハイスペック便利屋のコン太をしてそう言うのはなかなかヤバい気がする。


「コン太、ストップ。ここまでにしよう」


 特務官出身ということは、俺やアールシャと同じく別世界出身の可能性が高い。

 おそらくそのあたりに機密性の高い内容が含まれているのだろう。

 気にはなるが、現状そこまでして知りたい情報でもないし、まずはこのあたりで好奇心を抑えて、必要な情報の収集に戻るべきだ。

 ……そもそも俺がこうして自由でいられる時間もあまりなさそうだしな。

 いつまたダンジョンにもぐれと言われるかもわからない。


「コン太、デインフェールの直近の歴史と、簡単な世界地図、あと最近のニュース的なものを端末から抜粋して見せてくれる?」

「わかったー!」

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