第18話「六号自空間:樹上都市」

 部屋に入ったあと、アールシャは次の仕事があるといっていったん分かれることになった。

 ちなみに部屋の中は今こうなっているが、時空間術士を呼んで大きさを調整したり、写景術士を呼んで景色を変えたり、あと普通に大工を呼んで家を建てたりしてもいいらしい。

 というかたいていの特務官はそうしてせめて自分の趣味を全開にした居心地のいい自室――というより自空間――を作っているとのことだった。


「……なんか一人になったらどっと疲れが来た気がする」

「一人じゃないぞー! おれがいるぞー!」

「そうだった」


 俺がぼそりとつぶやいた声に反応する相棒が一匹。

 胸ポケットで半分眠りこけていた手乗り白狐――コン太がぴょんと飛び出して俺の肩に乗った。


「しかし、落ち着いて考え事するにも部屋がこれじゃあなぁ……」


 見渡す限りの荒野。

 地下なのに青空が広がっているが、それが本物かどうかももはや判断がつかない。

 いずれにせよこれだと部屋という感じがしなくて、どうにも落ち着かない。


「コン太、お前魔法で家建てたりできたりしない?」


 そもそもそんな魔法が存在するのかもわからないし、生まれたばかりっぽいコン太にそれができるかも期待薄なところだが――


「できるぞー!」


 すげえなこの狐っこ!


「マジで?」

「よゆーだぞー!」


 そういうとコン太は俺の肩からぴょんと地面に降り立ち、「むむむ」とかわいい声でうなってから魔法陣を展開した。


「あ、ちなみに家のイメージは――」

「だいじょうぶだぞー! おれ、シンラのことはなんでもわかるぞ!」


 ちょっとこの狐優秀過ぎない?


◆◆◆


 そこからの出来事はまさしく魔法のようだった。

 コン太の魔術はまず景色を塗り替えた。

 味気のないだだっぴろい荒野から、緑と水色が豊かな草原へ。

 遠くには森や滝も見え、高低差が世界の奥行きを感じさせてくれる。


「むむむん」


 さらにコン太が魔法陣をいくつか展開する。

 すると、地面から世界樹よろしく見たこともない大きさの樹が生えてきて、みるみるうちにそれは天へと昇っていく。

 さらにその樹の周りをめぐるように階段が生まれ、やがて枝分かれした部分までそれは伸びた。


「すげえー……」


 枝分かれした先に生まれるレンガと木材を組み合わせた造りの家。

 気づけば天に伸びた大樹の枝葉から透き通った水が落ちてきていて、それはさながら空中の滝のごとく景色を彩る。

 なにがどうなっているのか皆目見当がつかないが、ただただその光景はうつくしかった。


「もしかしたらシンラの友達とかが泊まりに来るかもしれないから、ほかにもいろいろ家つくっとくぞー」


 いったいどこまで伸びているのかわからないが、伸びた大樹の枝先に次々と趣の異なる家が生まれていく。

 それにともなって作られる梯子や螺旋階段には、ところどころに飾りも見られ、遊び心をくすぐった。


「おれは生き物は作れないから、ダンジョンとかで気になる動物とかつかまえたら、ここで飼うのもいいと思うぞ! 生態系とか、おれが調整するー!」


 こんなかわいいなりして、言っていることはほとんど神に近い。

 生態系を調整するとはこれいかに。


「よーし、とりあえずこんなもん! まずは最初の家に行ってみようー!」


 おれはコン太が先導してくれるのに半分唖然としながらついていく。

 最初の樹上の家につき、その二階にあったベランダから景色を眺める。


「……すごい」


 そこから見える景色は、まさしく絶景だった。


「――ありがとう、コン太。なんかちょっとうるっと来たよ」

「おう!」


 小さな扉を一つ隔てて、どこまでも広がる自然の景色。

 そこには空があり、森があり、川がある。

 そしてなにより、とっくに天井など突き破ってしかるべきな大樹が、この世界の中心にどっしりとそびえている。

 こういう、どこからどう見てもファンタジーな世界で暮らしてみたいと、何度か夢に思ったことがあった。


「人はそのうち呼べばいいと思うぞー! 必要だったらほかにも家建てたり、行ける範囲広げたりするからなー」


 コン太の言うとおり、この空間にほかの人が住めば、なかなか面白いかもしれない。いまはまだ俺しか住んでいないが、コン太が作った樹上の家はほかにもある。

 まるで、樹上の都市のようだ。


「はは、誰か来たいって人がいたらな」


 といっても、俺にはまだ知り合いといえる人はアールシャくらいしかいない。


「……うわ、あらためて考えたらかなり寂しくなってきた」


 そう、俺は、知らない世界へ来たのだ。

 今になってそれが実感をともなってくる。


「何度も言わせるなー! おれはシンラの側にいるぞー!」


 コン太が再び俺の肩に乗って頭を頬に擦り付けてくる。

 そこにはたしかなぬくもりがあった。

 そのコン太のぬくもりが――今の俺にはありがたかった。

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