第15話「睡眠は怠惰である【規定】」

「まあ、そういうわけなので、いざというときに身を守れるすべは身に着けておいたほうがいいでしょうね!」


 きゃぴ、とでも入りそうな舌を出したウインクをジェスターが飛ばす。


「その点この国のダンジョン対策室はうってつけです! 年中繁忙期! 平穏域から禁域までなんでもござれな探索行! 目に見えない微細な毒モンスターからステータスがバグったモンスターまで訓練相手には事欠きません! やったー!」


 殴りてぇ……!


「シンラ君が寝る前も惜しんで自己鍛錬できるように、ワタシが代わりに寝ておくので安心して業務に励んでください!」

「そういえばそれも訊きたかったんだった」


 別にこのクソみたいな神でなくてもいいのかもしれないが、良い機会だから聞いておこう。


「なんで俺、寝落ちしないの?」


 普通九徹とかしてたら気絶すると思うんだけど。というか九徹もそもそもできないよね。


「それはワタシの加護のおかげです!」


 ジェスターが「よくぞ聞いてくれました」とでも言うようにビシリと俺に人差し指を向けた。


「これでもワタシ、怠惰を冠する神でして、ワタシの加護のもとにある者は、ワタシが代わりに怠惰すいみんを貪ることによって、寝ずに働き続けることができるようになるのです!」


 睡眠は、けっして、怠惰では、ない。

 こんな状況になってあらためて思い知らされたことだが、適度な睡眠は健全な精神に必須のものだ。

 今はこの世界に来る前の自分にそう力強く力説したい。


「ちなみに怠惰かどうかはワタシ基準で定めます!」

「クソがっ!」


 ワンマンブラック社長の典型じゃねえか!

 ここまで我慢してきた俺も悪態をつかずにはいられなかった。


「ダンジョン対策室は寝る間もないほどやることがたくさんあるので睡眠は常に怠惰です!」


 とうてい人の言葉とは思えない。……ああ、こいつ人じゃなかった!


「まあでも、シンラ君の肉体のほうはまだ睡眠が必要ないということに慣れていないので、目の下にクマができたりとか、なんとなく発狂しそうになったりとかあるかもしれませんが、そこはそっちで適当にがんばってください。寝たふりとかすると治るらしいですよ? 人間って案外ずさんな設計ですよね」


 くそ、睡眠を奪われた先人たちの涙ぐましい努力を思って泣きそうだ。


「あと俺、魔法とか魔術とか使えないんだけど、本当にここでやってけるの?」


 ふと思い出して少し不安になる。


「大丈夫じゃないですか? シンラ君の場合、再構成後の肉体に機能として備わっている常時発動型の謎の術式とかたくさんありますし――たぶんご先祖様のしわざでしょう――そのエネルギー源になってる術式燃料も豊富にあるようですから」

「それは魔力的な?」

「ええ、まあ最初は魔力と質の異なる力だったんですけど、いろいろ回路をいじくって魔力としての出力もできるようにしておきました。今後魔術を学んだ際には十分使えるレベルになると思いますよ」


 くそう、これまでの所業をかんがみると感謝するにしきれない。

 正直魔法とか魔術とかが使えるようになるかもしれないというのは、この異世界にやってきて最初のうれしい出来事だ。

 しかしもともとあった魔力的なものってなんだろう、神通力とかそういうのかな……。


【シンラが魔術とか苦手でも、おれがやるから大丈夫だぞー!】


 ん?

 今、なにか聞こえたんだが。


「どうしました?」


 ジェスターとアールシャを見るが、二人とも気づいていないようだ。


「いや、今――」


 そのときだった。


「むむむー!」


 もぞもぞと、ダンジョンから戻ってきてから適当に借りた服の胸ポケットのあたりから、くぐもった声がした。


「ぷはぁ! やっと出れたー!」


 目を向けた瞬間、そこからひょこりと――


「狐……?」


 手のひらサイズのデフォルメされた白い狐が、顔を出した。

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