第14話「歩く禁域」

 そういえばアールシャから話を聞いていたとき、「世界のルールをみずから破って存在因子を覚醒させる者がいる」という話を聞いた。


「おそらくそうでしょう。どこの世界においても仮にも神と呼ばれるたぐいの神性存在は、人間のような普通の生き物では殺せないようになってますから。存在の格というか、生きる次元が違うので当然なんですが、シンラ君の先祖はそのルールを超越して、神を殺すことを生業としていたようです」


 聞けば聞くほどとんでもないことをしでかしている一族のように思える。

 たしかに日本の神話では、荒ぶる神を人が調伏する話が出てくるが、あくまで神話の中の出来事だ。

 歴史上でそんな存在がたしかにいたなんて話は、聞いたことがない。


「はは、神でもあるまいし、過去のすべてを知っているつもりですか?」


 俺の内心を見抜いたように、ジェスターが煽るような笑みを向けてくる。


「秘匿され、時の彼方に忘れられた――あるいは封じられた――歴史なんて、いくらでもあります。どの世界でもそれは同じです。アナタのもといた世界の基準に照らせば、たかだか百年しか生きられない人類に、そのすべてが解き明かせるわけないでしょう」


 「まあワタシは存在因子を見られるのでアナタたちよりくわしいんですけどね!」と自慢げにつけくわえて、ジェスターはステッキでとんと床を叩いた。


「とはいえ、そんなワタシでも完全にシンラ君の存在因子を解明できたわけじゃありません。ですので、表には出したけれど、覚醒まではさせられなかった因子はたくさんあります。だから――アールシャ嬢、アナタの危惧することも、まあすぐには起こらないでしょう」


 そう言ってジェスターが鋭い視線を向けた先は、俺ではなくアールシャだった。

 気づけばアールシャは、さきほどまでとは明らかに程度が異なる、強い怒りと殺意をもってジェスターを見ていた。

 表情に感情が出づらいと思っていたアールシャをして、それは最大限の怒りの発露のように見えた。


「アールシャ?」

「……シンラ、君はこれから別の疑似神族に狙われるかもしれない」

「……どういうこと?」


 怒るアールシャと微笑を浮かべるジェスター。

 俺は二人の間でただ首をかしげることしかできなかった。


疑似神族ワタシたちも一枚岩ではないということです」


 ジェスターがおかしそうに笑う。


「……疑似神族にはおおむね二つの派閥がある。一つはこの〈怠惰の神〉と同じように、ダンジョンの存在を許容する〈存続派〉。そしてもう一つは、ダンジョンを基底世界の安定のために封印すべしとする〈封印派〉」


 「まあワタシ個人としてはどっちでもいいんですけどね。封印するのがめんどくさいだけで」とジェスターが付け加える。


「存続派はこの際おいておくとして、封印派はシンラのような存在をあまり好まない。……私たち人族と神族の間には隔たりがあって、普通の人間には世界を上次元で補佐する神族を害するなんてできないけど、まれにダンジョンに現れる〈禁域〉内のバグモンスターや、禁域の中に存在する別種の神性存在は、そのルールの外にいる」

「そうそう、まさしくバグという感じですよね。管理者の手を離れて、あろうことかその権限を超越してしまえるわけですから」


 ……なんとなく話の流れが見えてきた。


「……そしてそんなバグは、ただでさえダンジョンを封印すべきとする封印派の疑似神族たちにとってまっさきに修正すべき文字どおりのバグだ」

「そのおもな修正方法は……?」

「――


 ……。


「〈原初の神々〉の子とも言える疑似神族にすら、どうしてそんなことになっているのか理由がわからない〈禁域〉は、現れるとまずこの封印派の疑似神族に目をつけられる。そして可能であればその力を使って封印しようとする。だから二重の意味で禁域は探索すべきではないんだ」

「ここまで言えばさすがにわかるんじゃないですか?」


 ああ、わかった。

 管理者の権限を超越してしまっているものは、ダンジョン封印派の疑似神族にとって目の上のコブらしい。

 そして俺は、そんな禁域と似た性質を持つ存在因子可能性を保持している。

 いうなれば俺は――


「歩く〈禁域〉じゃん」


 (未覚醒)ってつければ見逃してもらえたりしないかな。

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