第12話「上司(神)を殴ってもよろしいか」

 アールシャに案内されてダンジョン対策室の事務室から七階の会議室に向かっていた。


「城……」


 ダンジョン対策室の事務室が入っているのは、なんとどでかい城の地下だった。

 階段を一つあがるとまず四方が吹き抜けの大広間がある。乳白色のきれいに磨かれた石で造形された柱が無数にならび、そこだけでも世界遺産に登録されそうな大宮殿といった感じだった。

 その大広間にはいくつかの窓口があって、また、俺たちが運び出したであろうあの結晶洞窟の鉱石が中央に積み上げられていた。

 さらに窓口で手続きをした者がその鉱石を運び出し、外に止めてある馬車や竜車の荷台につぎつぎと載せていく。


「竜……」


 そう、竜だった。

 ファンタジーだぜ。……いや思い出せ今のところすべてファンタジーだ。


「あれは交易課の職員たちだね。これから私たちが採掘した魔石っぽいあの鉱石を、別の土地へ売りにいくんだ」

「魔石がなんなのってのは置いといて、『っぽい』って?」

「あれがどういう鉱石だかまだわかっていないからね。神域にあったくらいだからなにかしら効能はあるんだろうけど」


 まだなにかよくわかっていないものを売りつけにいくのだろうか。


「鑑定官たちの鑑定を待ってたら国庫が持たないからね」


 けつに火がついてるどころじゃないね。


「移動中に鑑定結果を知らせる同時進行スタイルだよ」

「どこもかしこも激務だらけだ」


 もしかしたらダンジョン対策室はまだマシなのか……?


「あっ」


 ふと窓口で手続きを終えた交易官らしき人と目が合う。

 ものすごく不憫そうな目で見られた。

 あ、やめて、手を合わせないで。

 彼らから見てもどうやらダンジョン対策室はブラックらしい。


◆◆◆


 七階に到着した。

 まだ上があるところを見ると、本当に大きな城らしい。

 途中、別の建物へと続く空中回廊も見えたので、広さも相当だ。


「準備はいい?」


 俺はアールシャとともにひときわ大きな扉の前に立っていた。

 まさしく玉座への道という感じで、扉の荘厳さに少し気圧される。


「お、おっけー」


 ここまできたらもうたいしたことでは驚かないつもりではいるが、緊張しないといえば嘘になる。


「じゃ、行くよ」


 ぎぎぃ、と扉が開く音がして、視界が開ける。

 そして次の瞬間――アールシャが身をはじいた。


「えっ」


 たん、たん、と軽やかな足取りで超人的な跳躍を行い、扉の奥のほうにいた何者かを――


「おうっふ!」


 殴っていた。

 殴られた人物は地面を三度バウンドして壁に激突する。

 

「今日も元気がいいですねぇ! アールシャ嬢!」

「さすがに送る時と状況が悪いぞ、ジェスター。シンラじゃなかったら壊れてた」


 しかし、派手な殴られ方をしたその人物はけろっとして立ち上がる。

 あのゴブリンを一撃で粉砕するアールシャの爆発的な拳を頬にくらったはずなのに、傷一つない。


 〈怠惰の神〉ジェスター・カーマイン。


 あの白い空間で出会ったピエロがそこにいた。


「壊れないと思ったからそのまま送ったんですよ? 彼、再構成後の肉体もさることながら、なかなかいい精神力を持っていたので」


 「実際に壊れなかったでしょ?」とジェスターは笑っている。

 そして俺の方を向いて優雅な一礼をしてみせた。


「やあやあ、シンラ君。ようこそ、私の根城へ。もうお仕事には慣れましたか?」


 正直会ったら一発くらいぶん殴ろうと思っていた。

 が、先にアールシャが思いっきりやつをぶん殴ったので、かえって冷静だった。

 ……あとちょっとアールシャにビビった。


「いろいろ説明してほしいことがあるんだが」

「でしょうね!」


 なんか腹立つゥ!

 ジェスターは相変わらずピエロのような厚化粧にへらへらとした気味の悪い笑みを浮かべていた。


「でも私が起きていられる時間もそう多くはないので、手短にしましょう」


 いつの間にかどこからか取り出したステッキをくるくると回しながら、部屋の中にあった椅子へ歩いて戻るジェスター。


「どうぞ、お掛けください」


 そんなジェスターが自分の向かいを手で促すと、そこにぽんと椅子が現れる。

 俺はその椅子に座り、あらためてこいつに聞くべきことを頭の中で整理していった。

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