第11話「人事課よりお知らせします」

「……ラ」


 声が聞こえる。


「……ラ……シンラ!」

「はい!」


 鋭い声に条件反射的に返事をしたところで、俺は我に返った。


「ここは……」


 夢の中であってほしかった。

 景色は変わらずあの結晶洞窟である。


「だいぶ鉱石も運べたし、そろそろ事務室に戻ろう」


 俺を現実に戻してくれたのは今日も白髪が美しいアールシャだ。

 俺と同じでまったく寝ていないだろうに、ぼろぼろの俺と違っていまだにしゅっとしたスマートさと可憐さが残っている。別の生き物に思えてきた。


「仕事……終わり……?」

「うん、ひとまずはね」


 やった……やったぞ!

 ついに仕事が終わった!

 終わりの見えない仕事ほどメンタルが削られるものはない。

 よく耐えた俺。


「そろそろ一度ゆっくり状況を整理させてください……!」

「うんうん、そうだよね、いきなりこんなのでごめんね」


 アールシャが少し申し訳なさそうに言う。

 俺にもわかってはいるのだ。この大変動とやらの直後が、ダンジョン対策室のもっとも忙しい時期なのだろうということは。


「帰ってからまた忙しくなると思うけど、せめて道中は心穏やかにね」


 わっつ?

 これ以上の忙しさが存在すると?


「はは、ご冗談を」


 心の声がそのまま口に出る。

 アールシャが不憫そうな目でこちらを見ていた。


◆◆◆


 半分意識のないまま、気づいたら俺が最初に訪れたあの事務室へと戻ってきていた。


『だから第3層にはいくなっつってんだろうが‼ 死ぬぞ‼』

『今日って何日……?』

『35日……いや、36日だった気が……まあ日付なんてあんまり意味ないし……』


 怒号と空飛ぶ紙。

 各職員の周囲に無数に開いた魔導スクリーン。


「あ、室長お帰りなさーい」


 すると、聞き覚えのある声が聞こえて、思わずそちらを向く。


「うん、こっちも大変そうだね。第2層までしか探索可能域がないから、かえって勇む探索士たちを抑えるのが大変かな」

「そうなんですぅ! 地味に第1階層も神域なのでハンパなごろつき系探索士の死骸の山で大変なんですぅ!」

「今期は〈蘇生官〉たちも激務になりそうだねぇ」


 あの財政課との会議の前に、アールシャに泣きついてきた猫耳の少女だ。

 ぴょこぴょこと感情に呼応して動く耳がとてもかわいらしい。


「あ、シンラさんもお疲れさまですー! さっき辞令書がデスクに届いてましたよー!」

「ん? 辞令? デスク?」

「はい!」


 帰還早々内心で退職願いってどう書けばいいのかなとか考えていた俺は、すでに辞令が下っていることと、頼んでもいないのに俺用のデスクがあることに一抹いちまつの恐怖を覚えた。

 すげぇ、まったく逃がす気がねえや!


「ちなみに辞令ってどこから下りるんですか……?」

「それは当然、国王からですよー!」


 くそぅ! ここが王国って聞いてから嫌な予感はしてたんだが君主制かー!

 君主制とブラック公僕を組み合わせちゃダメだろ!


「ちなみに職員組合とかってありますか?」

「あるよ」

「お」


 答えたのは猫耳少女ではなくアールシャだった。


「まあなにをするにしても最終的には国王の裏にいる疑似神族との戦争になるから、最近は現実逃避まがいのバカ騒ぎと神殺しの計画策定会議しかしてないけど」


 はは、救いがねえや。


「私たちは魂を縛られているからね」


 ん?


「それってどういう……」


 と、そこで。


【えー、ごほん、こちら人事課、人事課でーす。何日か前にダンジョン対策室に着任された不憫ふびんな〈夜刀見・シンラ〉さん。クソ神――じゃない、〈怠惰の神〉ジェスター氏が呼んでいるので急ぎ七階会議室までお越しくださーい】


 事務室の天井についていたスピーカー的なものから声が聞こえた。


「噂をすれば、だ」


 アールシャが俺に目配せをする。

 ちなみに武器の携帯は認められるのだろうか。


【あ、言い忘れましたが武器の携帯オッケーなので隙あらばぶっ殺してくださーい】


「よっしゃあ!」


 俺を魔改造したあげく、人の所業とは思えない労苦を浴びせた元凶へ、一矢報いるときが来た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る