第7話「神を殺したことはあるか(質問)」

「下がっていろ、童ども。まつろわぬ神にたたられるぞ」


 男は俺とアールシャを両手で押しのけ、鳥居の側へと身を乗り出す。

 直後、再び悪寒が来て、反射的に俺とアールシャは伏せた。

 が、


「だいぶ荒ぶっているな。私の到着を察知したか、あるいは――」


 がきん、と甲高い音が鳴り響いて、見れば男がさきほど景色を両断したなにかをその刀で受け止めていた。

 それは激しく光る巨大な雷の剣だった。

 数十メートルはあろうかという刀身。

 当然人が持てるものではない。

 そんなバチバチと雷光がはじける巨大な剣を、まるでサイズ感の違う一人の人間が、片手に持った刀で受け止めている光景はいっそのこと滑稽こっけいにすら見えた。


「――待て、そちらのおのこ、目を見せてみよ」


 俺とアールシャが再び立ち上がり駆けだそうとしたとき、男が雷の剣を止めたまま俺の方を向いて言った。


「……うるさい雷だ。きつね、しばし止めておけ」


 男は脇でばちばちと猛るその雷の剣をわずらわしそうに弾くと、ふところから白い札を取り出して宙に投げた。

 すると、その札がかすみのようにぼやけ、またたきのうちに大きな白狐が現れる。尾が二本。妙に理知的な目。あきらかに普通の狐ではなかった。


御意ぎょい


 狐が言葉を残し、弾かれた雷の大剣を飛び上がって尾でなぐりつけると、その勢いのまま鳥居のほうへと姿を消す。

 一方の男は俺に近寄り、目をのぞき込んでくる。

 俺は一歩も動くことができなかった。


「……やはりか」


 男は俺の目を見て、なにかを察したように眉をしかめた。


「貴様、どの時代の〈夜刀衆やとうしゅう〉だ? 〈裏神楽うらかぐら〉の経験はあるのか?」


 そして最後に、こう続けた。


「――神を殺したことはあるか?」


 男が口にする言葉の一つ一つが、圧を持って体に響く。

 しかしそれでも、それぞれの言葉の意味はまるでわからない。


「シンラ‼」


 と、男と俺の間にアールシャが割って入る。


「――なるほど、。……そうか、そうか」

「失礼、私たちは急いでいる」


 少し驚いたようにうなずいている男を差し置き、アールシャが再び俺の腕を引いて歩き出す。


「シンラ、ほかにも異常な気配がいくつもある。男の口ぶりからもやっぱり神性存在だ。正直、私でも君を無事に守れる自信がない」


 アールシャの焦りぶりからするに、この状況は正しく死線なのだろう。

 引き際を間違えると命を失う。

 正直、俺の存在因子についてなにか知っていそうなこの男から、もっと情報を引き出したい気持ちはあった。

 しかし、百歩譲って俺の命が危うくなるだけならまだしも、アールシャもそれに巻き込むのは忍びない。


「アールシャ、俺はまたこの場所に戻ってこられる?」

「シンラが命知らずだったら、あるいは」


 はは、ついさっきまで生きられることに喜びを覚えていたというのに、俺はどうしてしまったのだろうか。

 妙な好奇心が腹の底で渦巻いている。


「とりあえず、戻ろう」


 最後にちらりと男のほうを振り返る。

 男はいつのまにか穏やかな表情でこちらを見ていた。

 追ってくる様子はない。

 むしろこちらを護るように、再び鳥居との間に仁王立ちし、その、夜にさえ美しく輝いて見える紺色の刀を――構えなおしていた。

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