第5話「いわゆる魔改造について」

 手に感触があった。

 最初はごつりと硬かった気がするけれど、アールシャの声にしたがってそのまま思いきり拳を振りぬくと、ふいに抵抗がなくなった。


「おー、すごいね」


 粉砕音ののち、俺が殴りぬいたデカいゴーレムは、粉々になって吹き飛んでいった。

 おー。

 ……いやいやいや。


「なんか……おかしい」

「まあ、細かいことはいいじゃないか」


 アールシャは腕を組んで「うんうん」と真顔でうなずいている。

 この三日間でわかったことだが、アールシャは感情があまり顔に出ないタイプらしい。

 今も驚いているのか、はたまた適当に考えているのか、いまいちよくわからない。……あれ、なんだろう、ちょっと小動物みたいに見えてきた。


「さて」

「いや、さて、で済ませて先にいかないでほしいんだけど」

「えー」


 あ、今のめんどくさそうな顔はちょっとマジっぽかった。


「そこをなんとか」

「うん、冗談冗談」


 わかりづれえ冗談だな! あと冗談のときだけ表情豊かなのやめてほしい。


「いちおう、ほかに今のゴーレムみたいなのがいないか確認するから待ってね」


 そういってアールシャが手元に魔法陣を展開する。

 ゴブリンたちと戦っていたときからなのでだいぶ見慣れてきたが、アールシャは基本的に拳による肉弾戦を使うが、必要に応じて魔術も使えるようだった。

 昨日までのかなり難易度が高いと言われる神域ダンジョン?を俺という足手まといを連れながら踏破したことからも、アールシャが相当の使い手であることはわかる。

 案外、俺は運がよかったのかもしれない。

 ……いや待て、この思考は危険な気がしてきた。

 普段は理不尽だけどたまに優しい上司に手籠めにされる社畜と同じだぁ……。


◆◆◆


 アールシャの索敵ののち、さらに彼女がダンジョン対策室へ魔導通信なるもので報告を送ったあと、平原にぽつりとたたずんでいた大きな木を見つけて、その下で改めて話を聞いた。


「俺、とてもじゃないけどあんなバケモンを粉々にできる腕力も強度もなかったんだけど」

「私もそうだったよ。これでも私、ぴちぴちの女子高生だったからね」

「ん?」


 ん?


「それは疑似神族アルターによる再構成の影響だ」


 疑似神族。これまでも何度か聞いた言葉だ。


「その疑似神族ってなんなの?」

「一から説明すると長くなるから省略するけど、シンラはここに来る直前、悪趣味なシルクハットをかぶった血色の悪いピエロ風の男に会った?」


 会った。

 なんか思い出したらすごいぶっ飛ばしたくなってきた。

 よく考えたらなにかもあいつのせいじゃない?


「そうだよ、全部あいつのせいだよ」

「だよね‼」


 アールシャが俺の胸中を察したように言った。

 もしかしたらほかの特務官とやらもみんな同じ感じなのかもしれない。


「あの〈怠惰の神〉ジェスターは疑似神族の一人だ。ダンジョンを実験場として生み出し、廃棄し、そして彼らですら予想しなかったダンジョンの暴走を、私たち基底世界の民に任せて解決しようとしている」


 典型的なクソ上司じゃん。


「疑似神族はほかにもたくさんいるけど、彼らに共通するのが他の世界から人を呼び出して基底世界に落とすことができるという点。その性質から『召喚神族』と呼ぶ人もいる」


 アールシャが手元の魔術性のメモ帳をこちらに開いて見せてくれた。

 そこにはいくつかの惑星の図と、その間に立つあのピエロが描いてある。


「そして彼らは、ほかの世界からこの基底世界へ召喚した者を落とす際に、その者の存在因子をいじることができるという特質を持っている」

「存在因子?」

「そう、ものすごく簡単にいうと遺伝子みたいなもの」


 遺伝子と来たか。


「遺伝子って先祖代々継がれてきているものだけど、そのすべてが必ずしも発現しているわけではないらしいよ。いうなれば潜在能力としては秘められているけど、覚醒はしてない、みたいな」


 ははぁ、なるほど、つまり俺にはワンパンで巨大ゴーレムを吹き飛ばす力がもともと秘められていて、それをあのピエロみたいな疑似神族によって覚醒させられたと。


「えー……」

「あはは、私も似たようなリアクションを取ったよ。でも、実際にそうらしいんだ。その存在因子は、発現にその者が生きている世界の構成式とかも影響するらしくて、どんなにバカげた力を秘めていても、生きている世界が噛み合わなければ覚醒しない。たまに世界のルールをみずから破って覚醒させちゃう異分子もいるらしいけどね」

「俺が思っているよりずっとファンタジーだった。いや、こんな状況でなにいってるんだって感じなんだけど」


 徐々にこの状況に順応してきている自分がいる。人間っておそろしいと思うと同時、情報過多で処理しきれていなかったものが実感を伴ってくると、今度は感情が追いついてくる。


「シンラはさ、両親とか血縁者とかにそういう感じの人、いなかった?」

「どうだろうなぁ」


 俺がこの世界に呼ばれたときには、すでに両親は他界していた。

 けれど、彼らは普通だったと思う。

 普通に優しくて、普通に子ども思いで、ただ、あんまり体は強くなかった。

 俺が高校を卒業したころに母が病で倒れ、父も後を追うように亡くなった。

 案外、人はあっけなく死ぬのだと、悲しみと同時にむなしさを覚えた気がする。


「両親、祖父母、全員俺がこっちに来る頃には死んでいたけど、少なくとも俺が覚えているかぎりあっちの世界基準で変なところはなかったかなぁ」


 ふと両親のことを思い出すと少し涙腺が緩む。

 アールシャのいうとおり、俺は俺を生んでくれた両親や、そのまた親たち、いつからから脈々と継がれてきたこの命のバトンに、感謝すべきなのだと思う。


「ということは、もっと前かもね」

「もっと前……」


 正直祖父母以前の親族についてはよくわからない。

 比較的古くから続いている家だというのは聞かされていたが、いったい自分の先祖がどういう人々で、どんな生業なりわいを持っていたかなんて、いまさら知るよしもない。


「まあ、そのあたりは追々おいおい。場合によっては向こうから来るかもしれないし」


 アールシャが意味深な言葉を残し、立ち上がる。


「さて、次に行こう」

「あの、すごい今さらなことをくんだけど」

「うん?」


 これ、どこまで行くんですか……?

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