第4話「当該公僕を試用してよろしいか」
「アーティファクトってどんなものがあるの?」
「基底世界の物理現象を無視してるもの。そのうえ、魔術でもほぼ再現不可能なことをなす道具のたぐいかな。たとえば魔力とかのエネルギー源なしに無限に水が湧き出る壺とか、外界から一切の干渉を受け付けない実をならす樹木とか。――そこに原理がないんだよ。そうあるから、そうある、みたいなものはアーティファクトと呼ばれることが多い」
平原を歩きながらアルーシャと会話をしていた。アールシャはだだっぴろい平原を見回しながら、手元に開いた不思議なスクリーンになにやらメモをしている。ホログラムのようであるが、曰く、魔術性のメモ帳とのこと。
「というか、魔術とか魔法ってあるんだね……」
「あるよ。シンラの世界にはなかった?」
「本やゲームの中にしかなかったなぁ」
「私と同じだね。まあ、私のもといた世界は原理をしらなければ魔法とそん色ない事象を起こす道具がたくさんあったけど」
それは俺の世界も同じかもしれない。電化製品とか、ほぼ魔法みたいなものだと思う。
「……というか、アールシャも別の世界から来た人なの?」
「そうだよ。私たちダンジョン対策室の〈特務官〉は、全員別世界からの転移者。まあ転移者といっても
疑似神族、再誕者、このあたりのワードもかなり気になるが、当たり前に他の世界というものがあって、あろうことかそこからの転移者が複数いることに驚く。
「なぜ特務官がそういう特殊な人選なのかはもうすでに察しているかもしれないけど、ダンジョン対策室の業務って普通の人間には強度的に務まらな――」
そこまで言いかけてふとアールシャが歩を止めた。俺でもわかるくらいピリついた気配を発している。その視線の先を追うように俺も目を向けた。
「うわぁ……」
平原の向こう側から、身の丈十メートルはあろうかという岩石の巨人がドシンドシンと大地を踏み鳴らしながら――走ってきていた。お前絶対走っちゃいけないタイプのモンスターだよ。なに軽快に走ってんだよ泣くぞ。
「そろそろシンラにも自分の状態を把握してもらおうかな」
「え?」
ふいにアールシャにそう言われ、心臓がきゅっとなった。具体的になにをするのかはまだ伝えられていないが、たぶんろくでもないことだと思う。
「あれ、シンラに倒してもらおう」
この娘はなにを言っているのだろうか。人生の終幕が見えた。
「シンラはさ、自分で気づいていないかもしれないけど、かなりステータスが壊れてるんだよね。そのうえ、私でもいまだに解読しきれない謎の術式が体に組み込まれてるし、ほかにもなんかいろいろ――宿ってそうなんだ」
俺はいつからそんなモンスターになったのだろうか。
しかも宿るとはまた妙な言い回しをする。
まるで俺の中になにか別のものが入っているようではないか。
「昨日までいた階層もさ、実はいくつかデバフが掛かってたんだよね」
「それは、フィールド効果的な?」
「そう。私はこれでも特務官としてそこそこ古株で、神域ダンジョンへの潜行歴も結構あるから、解呪とか解毒とかの防御術式をかけてたんだけど、シンラはそういうの使えないでしょ?」
「うん、できたらもっと早く使ってる」
というかそういうのもっと早く伝えて欲しかったな。毒? 呪い? そういうのに実はもう掛かってたりする? やっべー。
「でも使ってたんだよ。私がかける前に、シンラは使い方を知らないはずなのに、シンラの体は自動的にデバフに対する防御術式を使ってたの」
なにそれホラー。
「あとさ、ここまで精神的に発狂することもなく、当たり前にシンラは私についてきているけど、神域ダンジョンのモンスターと出会って普通でいられること自体がおかしいんだよね。神域ダンジョンのモンスターって普通の人間なら見ただけで命の危機を察するから」
「いや、それなりに命の危機は感じてたけど」
加えるなら今まさに感じている。
あのゴーレム的なの、もう迫ってきてるんですけど。
「ということで、試しにいってみよー」
直後、向こうから走ってきていたゴーレムが大きな一歩を踏み、加速。
「あっ」と言う間に俺の目前にまで迫ってきて、
「あうち」
ゴーレムが振り回した拳が、俺の左側面を捉えた。
◆◆◆
死んだ。
よくわからない状況で、よくわからないなりに、そう、あの現実を直視するのを避け続ける公僕根性でもってここまでやってきた。
たぶん二度と元の世界には帰れないんだろうなぁ、とか、これからどうやって生活していけばいいのかなぁ、とか、これやっぱり夢なんじゃないかなぁ、とか、頭の片隅でいろいろ考えながら、それでもせめて、俺を気にかけてくれるアールシャには迷惑をかけまいと、精いっぱいやってきたつもりだ。
――俺、なんのために生きてきたんだろう。
さしたる特技なんてないから、せめて多少なりとも人の役に立てばと思って公務員になった。
仕事も、それなりにがんばってきたつもりだ。
充実感はさしてなかったけれど、まあ、そこまで求めるのは分不相応だろう。
人の役に立つポジションがかろうじて与えられただけマシだ。
「シンラ、君はもっと自分を褒めてあげるといいよ」
声が聞こえる。美しく、それでいて優しい、少女の声。
「そして、君の先祖から君の両親まで、どんな形にしろ脈々とその命を継いできた者たちに、ほんの少し感謝するといい」
おそるおそる目を開ける。
「君は今もこうして生きている」
開けた視界。
なぜか腕が砕けたゴーレムが片膝をついている。
空は快晴。
どこまでも続く平原が、やはり遠くに広がっている。
「あ――」
こんな状況で、ふと思った。
――生きてるって、嬉しい。
「うおっ」
そんなことを実感していると、目の前のゴーレムが逆の腕を振り上げる。
どうすればいい。
「アールシャ! 俺はどうすれば生きられる⁉」
問いに対する答えはシンプルに返ってきた。
「思いっきり殴り返せ!」
振るわれたゴーレムの左腕。
俺は迫りくるその腕に真っ向から立ち向かうように、同じく左腕を振りぬいた。
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