映像箱

小狸

短編


 父は、休日中、ずっと自室に籠っていた。


 遊んでもらおう、父の顔を見ようと思って部屋へと赴くと、叱られた。 


 自室にこもって何をしていたかといえば、映画を見ていた。


 部屋を暗くして、レンタルビデオショップで購入した映画を、一人で延々と見ていた。


 僕を見てはくれなかった。


 母が教育熱心なのと対照的に、父は、教育に無関心であった。


 何でも話を聞けば――自分も家庭内不和を抱えた家庭で育ったので、自分が干渉することで、子どもに悪影響を及ぼすことを避けたかったらしいが――僕としては、そんな父の機微は関知するところではない。


 構って欲しかった。


 ただ、話して欲しかった。


 しかし父は、目の前の映像を見ることを、優先していた。


 自分よりも映画の方が楽しいのだな、と、その時は思ったものであった。


 そしてそんな父と母の仲は、お世辞にも良いとは言えなかった。


 常に喧嘩している――というか、お互いに仲睦まじくしている瞬間というのを、僕は一度として見たことがなかった。


 恒常的に、いがみ合っていた。


 どうしてこの二人が結婚したのだろう――と、幼いながらに僕は思ったものだった。


 そんな親の環境の中、育った子どもがまともな人生を歩むことができないのは、もはや言うまでもないことである。


 特に人とのコミュニケーションという部類において、僕は欠陥を抱えた大人になった。


 コミュニケーション。


 それは仕事をする上で、最も重要なものだと言っても過言ではない。


 僕の心の中には、ずっと父の姿があった。


 僕の方を見ることもせず――目の前の映画を一時停止することもなく、ただただ部屋の扉の外にいる僕を鬱陶しがる父親の姿が。父はぼそりと、


「邪魔だな」


 と言うのだ。


 それでも退かない僕に対し、延々と言い続けるのである。


 邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔、邪魔。


 自分が邪魔にならないように――必死に息を殺して、父が、こちらを向いてくれるのを、僕は健気に待っていたけれど、一度としてそんな機会は現れなかった。


 いつしか、自分はこの家では邪魔なのだと、思うようになった。


 それは、所属するコミュニティが変わっても同じである。


 自分は邪魔なのだ――という前提が、常に僕を蝕み続けている。


 仕事も転々としたけれど、ほとんど続かなかった。


 やがて精神病を患い、主治医と相談した結果、仕事を辞すことにした。


 貯金はしていたので、しばらくは衣食住には困らなかった。


 家ではすることもなく、また外出もままならないので――僕はアマゾンプライムを契約し、映画を見ることにした。


 嫌いだった父と同じことをしている、と思いながら。


 ゆっくりと。


 僕の心は腐っていく。




(了)

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映像箱 小狸 @segen_gen

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