第12話 別れの予感

 店に居る間、二人は食べ物の話しかしなかった。

 店を出た二人は裏通りへの路地を少し散策してみる。小さな家が軒を接して並んでいる。どの家にも大きな鉢植えが所狭しと並んでいて、狭い路地は驚くほど緑が豊だった。吹き抜ける風にも情緒が漂っている。

ここだけは時間がゆっくりと流れているようだ。

 裏通りにももんじゃの店は散在していて、これだけたくさんあってもやって行けるのかと不思議に思いながら、再び路地を経由して表通りに出ると、晴海ふ頭公園に行ってみたいと黒谷が言った。

 純は通りかかったタクシーを拾う。五、六分もするとタクシーは東京湾に面する海浜公園に着いた。

 二人はゆっくりと海っぺり近くまで歩いてみる。すぐそこのレインボーブリッジの向こう側には、お台場のビル群や大観覧車が見える。黒谷が遠くを指差して口を開いた。


「あの辺りだよね、花火を見たレストラン」


 純は指さされた先のレインボーブリッジ左を見た。


「あそこに見えるのが自由の女神だから、その左側の建物だろ」


 黒谷は純の顔を振り向かず遠い所を見続け、ぽつりと言った。


「あそこからこっちの方を見てたんだね」


「そうだな」


 純もお台場方向を見ていたが、その視界はぼんやりとしていて何も捉えていなかった。

 漸く純を振り向いた黒谷は目を伏せて言った。


「じゅん あの日花火に来てくれてありがとう」


 蘭を観察する。特に伏せられた目の周辺を。

次いで発した純の言葉には清々すがすがしい響きがあった。


「それは俺のセリフさ。ありがとう。あれが十年目の花火だったんだな。俺と蘭の」


 黒谷は目を丸くした。

「じゅん! 知ってたの」


 黒谷蘭の左手を自分の右手にそっと取った純は真剣な目で貫く。

 痛みが走ったように丸い目がたじろいだ。


 視線を和らげると声も一層穏やかになった。

「ラン。別れるつもりでこの公園に来たんだったら、それこそ俺は怒るぜ」


 再び目を伏せると涙が一粒零れ落ちる。

「それも分かっちゃったか。私バカだね」


 右手に取った蘭の左手を手繰り寄せると、純は左手も添えて包み込んだ。

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