第11話 佃島へ

(註: 回想シーンから戻ります)


 新宿南口で黒谷と飲んで遅く帰宅した夜、純は中学校卒業記念アルバムを引っ張り出した。

 三年三組……仲田康一、安田健、黒谷百合、集合写真には小さな顔が並んでいる。自分も含めどれも若い顔ばかりだ。若過ぎるからか、十年の歳月が記憶を薄めてしまったせいか、顔を見ても思い出せない奴が何人か居た。

 ページを捲って行くと後ろの方に十数枚の写真が挟まっていた。

百合と撮った修学旅行の写真、十年前の東京湾花火で百合の妹の蘭と二人で撮った写真もあった。

 甘酸あまずっぱいセピア色の思い出が蘇る。あの頃は佃島が大好きだった。父の転勤が無ければあそこにずっと住み続けたのかも知れない。

 パラパラとめくった中から何故か気になった一枚を見詰める内に、セピア色から急速に現実色へ戻されタイムスリップのような違和感を覚えた。

『あの時の笑顔』と思い込んでいたのはこれかも知れない。


(だとしたら……これで良かったんだ)

 既視感きしかん、怒り、羞恥心しゅうちしん、多幸感、不安など様々な感情が純の中で渦巻いていた。



 土曜日の朝。

 電話しようと手にした途端、携帯は黒谷の着メロをかなで始めた。


「じゅん、今日会えないかな」

 少し暗いトーンだった。


「俺も黒谷に会いたいと思っていた」


「じゃあ、お昼をどこかで食べない」


「もんじゃでも食うか。大分涼しくなって来たし」


 答えた純自身が何故もんじゃなのか咄嗟とっさには分からなかった。無意識に佃島との因縁を全て精算しようと思ったのかも知れない。


「月島で?」黒谷は意外そうに確認した。


「もんじゃタウンで」


 月島もんじゃタウンは佃島にある。


 二人は有楽町線月島駅を降り、もんじゃストリートを南下し、そこそこ客の入っている店を選んだ。


 入店と同時に人々と鉄板の熱気が二人を襲う。豚玉、牛キムチ、モチ入り明太子……もんじゃのメニューはバラエティに富んでいる。

二人で一つにしようと純はスペシャルを注文した。

 注文の品が出て来るまでの間、近場のテーブルで心地良い焼き音を響かせる鉄板を眺めてる内に、昔慣れ親しんだ焼き方を思い出した。

 漸く具のたくさん入った大きな丼が二人のテーブルに運ばれて来た。

 丼に箸を突っ込みかしゃかしゃと具をかき混ぜ、軽く油を引いた熱い鉄板に、純は汁気をよけて中身の具だけを取り出して載せた。その途端、鉄板がジューと香ばしい音を立てる。

 ヘラを使って具を鉄板に押し付け炒めると醤油の焼ける匂いが立ち上がった。大きいヘラと食べる時に使う小さい方のハガシをうまく使って具をドーナツ状の土手にする。土手の内側に丼に残っている小麦粉の溶けた出し汁を注ぎ込む。ここまで来れば大方成功だ。


 上手、上手、と拍手を送った黒谷が引き継いで焼くことになった。

 中央の汁に火が通ってやや固まり出す頃を見計らって、黒谷は土手を崩しながら具と汁を上手に混ぜて焼いて行く。

 最初は恋人らしい気遣いで、出来上がった所からハガシで皿に取り分けて純に差し出す。

 純は熱さで、あふあふとやりながら箸を使って口に入れた。

昔懐かしい味が舌に広がった。

 黒谷はもう一本のハガシを純に手渡しイタズラっぽく笑う。


「箸はよそ者みたいでカッコ悪いよ」


 そうだなと答えた純は、ハガシで周辺のコゲの所からこそぐ様にして食べ始めた。これが本格なのだ。

 黒谷も手馴れた様子でそうやって食べている。

 共同作業で作ったもんじゃを食べている内に、一日半の間純にまとわりついていたわだかまりの残りカスも消化された。

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