第7話 お台場初デート

 携帯電話片手に誰かを探す様子の男が遠目に見えた。

 女は「左見て、ここよ」と携帯で語り掛け右手を大きく振る。

 男はその場で軽く跳ねて数度手を大きく振り返した。二人は現代文明の利器のお陰で無事再会を果たすことができた。


 リーバイスのジーンズに黒いタンクトップの男は、黒地にカトレアなどランの花をあしらった浴衣ゆかたが良く似合う女に近寄って行った。

 アップにまとめた長い栗色の髪、細いうなじと後れ毛が純に強い印象を与えた。顔つきも立ち居振る舞いも大人びて中学生時代とは様変わりだったが、会うまでに数回の電話を重ねていたせいか二人は十年の時を超えても以前と変わらぬ感じで接することができた。

純には奇跡とも思えたが、黒谷にとっては奇跡そのものだったかも知れない。


 「ゆりかもめ」でパレットタウンへ移動して長い行列に並んで大観覧車に乗る。

空中散歩が終わる頃には二人は何年も付き合って来た恋人たちのように見えた。

 暑さを避けて再びゆりかもめに乗り、遠回りするようにお台場海浜公園まで戻った二人は、デックス東京ビーチ前の歩道を行く内に「ねこたまリビング」と云うサインポールを見つけた。


 ネコちゃん見て行こうよと黒谷がねだるとネコ好きの純は即座に同意した。

 ベンチからおとなしく眺めていると一匹のネコが純にすり寄って来た。ここのホスト《ねこちゃん》達はテンション高めの人を避けて静かな客を選ぶ傾向があるらしい。盛んに呼び掛けていた女の子は、目を付けていた美ネコから袖にされあからさまに口惜しがっている。

 ネコを二人して撫でている内に、僅か半月前まで家庭を持つことなど思いもしなかった筈の自分が、黒谷と子供を育てたらどんなにか楽しかろうと心変わりしていることに気が付き、純は少なからずうろたえた。


 まったりとした時間を過ごした二人は、同じビルにあるセガアミューズメントの遊具で童心に戻り、フジテレビお台場冒険王のお化け屋敷では安全が保証された恐怖を楽しんだ。

 外に出てみると日は大分落ち掛かっている。どうやら二人は夢中になって時間が過ぎるのを忘れていたらしい。路上は花火を楽しむ為に集まって来た人波に動きが取れなくなっていた。砂浜で観る花火を楽しみにしていた黒谷に純は提案した。


「砂浜へ出るのは諦めて、保険で予約したアクアシティのレストランで見た方がよさそうだね」


 人波をもう一度確認してから黒谷はその意見に賛成した。


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