第4話 別れ話その1

 二階の座敷席で仕切りの衝立ついたてがあった。向こう側に客が居たと言うのに二人は口論していた……


 広瀬明菜との交際ははや二年になっていた。大学を卒業して純が今の信販会社に勤めた時、初めての配属先で彼女と知り合った。短大卒の広瀬は年は一つ下だが入社は一年先輩だ。同僚として半年位になる頃から二人は親しくなった。

 入社三年目、春の人事異動で純は横浜から東京へ転勤になった。距離が離れて焦っていたのだろう。広瀬は会う度に結婚の話を持ち出すようになった。純はまだ二五歳手前だ。仕事もやっとばりばりこなせる様になってきた今、結婚して所帯を持つことなど考えられなかった。すれ違う思い。いつしか二人の間には深い溝が出来ていた。あの日はそれが決定的になった日だった。


「この後『もんじゃタウン』に行ってみようよ」


 かわし続けて来たのに広瀬は佃島つくだじまを持ち出した。


「あんな所、おもしろくも何ともないよ」


「私は本場でもんじゃ食べてみたいな」


 純は別の提案をしてみる。


「こんな暑い日にもんじゃでもないだろ、第一、おいしいお寿司を食べておなか一杯じゃないか、それより銀座へでも出てみよう」


 この日の広瀬は引き下がる気が無いらしい。


「じゅんちゃんが育った町なんでしょ。ここからすぐ近くなんだから行ってみようよ」


「いやだ!」純は不快さを隠さなかった。広瀬の甘え顏は消えた。


「なんでよ。じゅんちゃんの生まれ育った町を、何故私に見せてくれないの」


 一年先輩のつもりの広瀬は何かとリードしたがり、少し前までの純はそれを心地好ここちよく受け止めていた。しかしながら転勤先で指導すべき部下ができ仕事の責任が重くなってくると、彼女のリードがわずらわしくなっていた。


「もんじゃタウンに行きたいなら一人で行けば。女友達と行ったっていい訳だし」


 広瀬は顔色を変えた。


「私を連れて行きたくない理由でもあるわけ」


「ない」


 長い沈黙があった。


「じゃあいい…… もう私達終わりだよね」


 目に涙を貯めていた。それを見ても、これから佃島へ連れて行くとも、次回は必ずとも言えなかった。


「終わりって何だよ。築地に来たいと言ったのも、始めから佃に行くつもりだったからなのか」

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