第2話 夜の新宿デート
純は荻窪にアパートを借りていて、黒谷は亀戸のアパートに住んでいる。二人の夜のデートは自然と、地理的に便利な新宿を根城とするようになっていた。その夜は、南口から左手に降りた辺りの飲食店街を歩いて入る店を決めた。
女はいつもよりピッチが早い。つられるように男もチューハイをお代わりする。酔いが回って来ると男は中学時代の話を始めた。女は聞き役に徹する。
中三で初めて二人が同じクラスになったこと、部活のこと、春の修学旅行のこと……
「そうそう 京都の修学旅行、秋じゃなかったんだよな。受験対策でそうなったんだろうけど、俺は好かったよ、春で」
女は右手で頬杖、左手のグラスを軽くゆすって、硬質だが軽やかに響く氷の音を楽しみながらその理由を尋ねる。
「決まってんじゃん。あの旅行で俺と黒谷は仲良くなれたんだから。修学旅行が秋だったら、すぐ卒業じゃんか」
そう言って、男は女の頬杖を左手で押した。
おっとっとと、こぼれないようにグラスの安定を取り戻した女は、笑顔でコラと言って男を見詰めた。
「それそれ。俺あの時も黒谷の笑顔に惚れたんだ」
「そうだったの」
その笑顔が幾らか強張ったことに男は気づかなかった。
次いで彼女の家へ遊びに行った事に話が及ぶと、女は、
「それよりさぁ、仲田君ってどんな子だったっけ」と話題を変えた。
純は仲田康一のこと、安田健のことなど数名の男子生徒の話をした。
黒谷はそうだったっけ、などと楽しそうに相槌を打ってはいたが、純は、彼女が彼らのことを記憶しているものかどうか怪しいと思った。そこで彼は、さっき電話した時に思いついたことを口にする。
「女子たちってさぁ、やっぱ男子のことなんか殆ど憶えてないんだよなぁ。冷血動物だな女は」
そんなことないよ、男の子だってそれは同じでしょ、と黒谷はムキになって言い返す。
いやいや、いつだって女は冷たい人種なんだ……純は突き放すようにそう言った後、うつろな顔を見せた。
「女性不信?」
声をひそめた黒谷は真顔になる。
純はさらに数秒の間その表情を崩さず、心配気に見守る女の表情を十分に楽しむと、噴出すように笑った。
「何よ、それ」
「ごめんごめん」
顔を背けたままの彼女に言い訳する。
「悪かった。俺はただ‥‥女の子は関心の無い男子には冷たいけど、好きな男の子のことだけはよく憶えているんだなって。それを言いたかっただけなんだ」
純は彼女を見詰めて微笑んだ……黒谷は十年も前のことを記憶していて自分に電話して来たのだ。
「しょってる。でもそうね。女の子ってそういうもんだよ」
あの時の電話が嬉しかった話だと分かった途端、女はまた飛切りの笑顔を見せた。
男がすかさず言う。
「そう、その笑顔だよ。あの時と同じだ」
(何があの時と同じだよ……)
その思いをおくびにも出さず女は尚も笑って見せた。
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