十年目の花火

千葉の古猫

第1話 同窓会の通知

 宛名書きを見て首を傾げた若い男は、封書を裏返すと同時に軽く舌打ちする。無造作に封を切る。中身は取り出されたが封筒の方は即座にゴミ箱に投げ込まれた。

 差出人住所は佃二丁目から始まっていて、名前も姓だけ仲田と記されていた。流石に宛名は区の名前から始まっていたが、長嶺純君へと、まるで小学生が友人へ送る様な書き方だった。瞬時に湧いた嫌悪が封筒にゴミ箱行きの刑を下したのだ。


 一通り文面に目を通すと携帯電話を取り出しファンクションボタンの左側を押した。ディスプレーの着信記録一覧に同じ名前がずらりと並ぶ。彼は一番上で反転表示されている「黒谷百合」を選び発信ボタンを押した。手馴れた作業。呼び出し音数回。


「じゅん? こんばんわ」

 鈴を転がすような声が返って来た。


「クロタニの所へも仲田康一から手紙来たか」

 長嶺純は、文面がコピーされ三行だけ手書きされた紙と、同封されていた返信ハガキを交互にもてあそびながらそう訊いた。


「誰? その人」

 戸惑いのトーン。


「憶えてないか? 佃第二中学、三年三組の仲田だよ」

 やや責める口調。


「ああ、今ちょっと顔が浮かばないけど名前は憶えてるよ」

 抑えてはいるが焦った響きがやや混じる。


 きっと中学時代の男子クラスメートのことなんかほとんど憶えてないのだろうと、純は女子生徒達の冷たさを黒谷百合に代表させて感じた。同時に、自分のことだけを黒谷が憶えてくれていたことで、級友達に優越感を覚えた。


「黒谷のとこへもじきに通知が来るさ。二回目の同窓会をやるらしいんだ」


「中学の同窓会か……じゅんはどうしたいの」


 気の進まない様子を感じたが、純にとっては好都合だ。むしろ一緒に行こうよと言う返事を怖れていた。

 長嶺純は佃島を中学卒業と同時に離れ、それ以来十年もの間地元に帰っていなかった。東京下町の人情を色濃く残す佃島は居心地の好い所だったが、一度そこを離れてしまうと戻ることに少なからぬ抵抗があった。遠い日のある事件が狭い街をより一層窮屈に感じさせていた。佃島に対する閉所恐怖症とも言える。


「あまり気乗りしないな。一回目も出なかったしね」


「わたしも行きたくないかな……今更って感じ」


 うれしそうな声は純にとって意外だった。黒谷は中学時代、クロユリのあだ名を持つマドンナ的存在だっただけに、クラス会なんかには喜んで行くタイプだと想像していた。それともそれは自分に対する優しさだろうか‥‥


「じゃあ仲田には断りのハガキ出しておくよ。用はそれだけだから」


「じゅん 今から会えない?」


 平日木曜日の夜九時だと言うのに積極的な誘いが嬉しかった。その感情を押し隠しながら純は、いいけど、とクールに答えた。


 

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