覚醒

病室へ走って行くと山下は少しやつれた顔はしていたが、受け答えがある程度できる状態ではあった。


病院の先生が様子を見に来ていた。


後日、診察と精密検査を受けて今後の対応方針を決定するそうだ。


あまり長時間でなければ話をしていいと言うので、話をさせてもらうことにした。


「山下……良かった。もう、一生話せないのかと思った」


山下の手を握った。少し、手や指も細くなっていた。ずっと点滴だけで食事を摂っていなかったせいだろう。


弱々しいけどしっかりと握り返してくれた。



「ごめん……ひ、へ、へましちゃっら」


暫く話していなかったからか、後遺症なのかわからないが上手く話せないようだ。



「無理して喋るな……暫く安静にしていてくれ」


山下は僅かに首を横に降る。聞きたいことがあるのかもしれない。


身体は弱っていても真っ直ぐに向けてきた瞳からは強い意思を感じた。


山下には敵わないな。



「分かったよ。何が聞きたい?」


「ど、どう……なっ……た?」


事件の真相が知りたいようだ。


できる限り短く情報を整理して簡潔にここまでの経緯を話す。


バケツ落下事件などの犯人や裏サイトの管理者は芳川と如月だったこと、コレクターは安井でサイコメトラーだったこと……。


テレビの報道で分かった事実も話した。


芳川は学園理事長の補助金不正受給や政治家への賄賂などの証拠をにぎっていて脅していたらしい。


裏サイトの運営資金や木崎、室伏への報酬の支払いなども理事長から引き出した資金で賄っていたようだ。


テレビでは報道されることはなかったが、裏サイト調査打ち切りの話や中上先生にかけらた裏サイト運営者の嫌疑も理事長の差し金だったらしい。


この辺は中上先生が御見舞に来た際にこっそり教えてくれた。


芳川は未だに目を覚ましていない。


山下にしたことを考えると因果応報と言わざるを得ない。


山井は芳川の殺人未遂で検挙されたが、支離滅裂な発言をしているらしい。


あの日、あの場に山井が現れたのは裏サイトの投降を見たのが理由ではないかと正樹部長は言っていた。


俺は知らなかったのだが、芳川は迂闊にも裏サイトに爆破予告をしていたらしい。


正樹部長によると画像のEXIF情報に緯度経度も載っていたので、芳川の居場所を特定していたのでは……という見解だった。


山井は懲戒免職になった後、芳川が一人になる隙を伺って潜伏して生活をしていたそうだ。


生活資金が尽きると本当の浮浪者として生活していたらしいがどうやってネットの情報を得ていたのかはわかっていない。


山井は精神状態が不安定とのことで精神鑑定に回され鑑定結果待ちだ。刑事責任能力があるのかは微妙なところだ。


山下は終始こちらを見つめながら、しっかりと話を聞いていた。


事件のあらましを話し終えたので山下の顔を見る。



「これ以上は身体に障るからゆっくり休んでくれ」


山下はまた力強い意志を込めて俺を見つめる。そして、何度かゆっくりと瞬きをし、首を横に振る。



「まだ、……お、終わって……なひ」


俺は山下の目を見ることが出来なかった。


もう、終わりでいいじゃないか。


山下、駄目なのか?


言葉にできない思いを独り言のように心で反芻する。



「……だ、だめ。ゆる……し、て、あげて」



黙って、山下に布団をかけ直してやる。


俺は答えなかった。



「山下、また来るよ」


立ち去ろうとすると、手を掴まれた。



「や、やました……ちが、う。りえ」


本当に敵わないな……。


「悪かった。りえ、また来るよ」



………



俺は病室に戻ると疲れが出たのか、うとうととして、眠ってしまった。


明日退院だから準備をしなきゃいけないのに……なんで……。



気がつくと家の縁側に座っていた。


なんだか、つい最近もここに座ったような気がする。



『よう、悟。元気そうだな』


父さんがいつの間にか隣に座っていた。


元気じゃないよ、見ればわかるだろ?



『そうか?見た感じは元気そうだけどな?この前より全然マシだ』


この前?いつの話をしているんだろう。


そう言うと父さんは枡に入った酒を一口飲む。


『こっちの酒は身体に優しいが今一つパンチがないのが玉に瑕だな』


こっちの酒?意味不明なことを言っていたが、身体に優しいお酒なんてあるんだろうか?



『今日は大事な話がある』


また、親父の格言シリーズか?もう、いいよ耳タコだし。


『いや、今日は違う。格言なんかじゃない、もっと普通の……当たり前の話だ』


なんだよ、当たり前の話って……。


『間違ったことをしている奴には間違っていると伝えなきゃならねぇ』


……な、なんだよ、それ。


『お前、まだやり残したことがあるんだろ?ちゃんと叱ってやれ。そして、許してやれ』



だって、そんな事をしたら……。



『大丈夫だ。お前なら大丈夫だ。すまん……そろそろ時間だ』


そう言うと、父さんは立ち上がりどこかへ歩いて言ってしまった。


最後にこちらを振り返り大きな声で語りかけてくれた。


『母さんのことよろしく頼む。後、ジジイになった頃にまた会おうぜ』


待ってくれ、父さん……




俺は目が覚めると涙が流れていた。


何か大事な夢を見ていた気がする。


でも、何も思い出せなかった。


ただ、目が覚めてから一つだけすぐに決めたことがあった。


ひらきに会いに行こう。




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