サイコメトリー

事件から3日が過ぎた。


意識不明の重体1名、重軽傷者4名、殺人未遂の容疑で逮捕された元高校教師を出した私立陽芽高等学校の事件は、ニュースで大きく取り上げられていた。


重体の高校生が他生徒への加害者かつ、同じ日に元同高校教諭に刺された被害者という奇妙な事件だ。


何も知らない世間の関心を引くには十分だったようだ。


自分が関わった事件をテレビで見るのは不思議な気分だった。


学校側は本日記者会見と保護者説明会を予定しているらしい。


正樹部長とひらきは学校と警察から事情聴取を受けたそうだ。


特にお咎めはなかったものの、反省文の提出を言いつけられたと、ひらきは文句を言っていた。


俺も反省文と、一週間の停学という建て付けになったようだ。まだ、事情聴取はうけていない。


というのも、陽芽中央総合病院で治療と精密検査を受けていたためだ。


ふくらはぎの外傷は浅かったので、少しの縫合で済んだ。全身打撲も大したことはない。


そして頭の後頭部を激しく殴打されていたので、CTスキャンなどの精密検査が実施された。


幸い、脳に異常はなかったらしい。明日には退院できるそうだ。


木崎や室伏も運ばれたらしいが、病室は別なので顔は見ていない。


今回の実行犯に加えて、中学生への恐喝、暴力事件が芋づる式に発覚し退学が決定、少年院送致が決まったそうだ。


如月は髪の毛の一部が燃えただけで、幸い怪我はしていない。ただ、腰まであったロングヘアがセミロングになってしまったらしい。


如月については処分は保留中らしい。


彼女が一番証拠らしい証拠が残っていなかったし、首謀者の芳川が意識不明の重体、山下も意識不明とまともに状況を確認できないことも一因らしい。


だが、本人は退学処分を望んでいるそうだ。


芳川と結託して俺たちを陥れた犯人のはずなのに、何故か如月を憎いとか、そういう感情は不思議と湧いてこなかった。


あの日、彼女の絶望した表情を見てしまったからかもしれない。


コンコンと病室のドアを叩く音が聞こえた。


ドアが静かに開くとそこには意外な人物の姿が見えた。


「元気か藤井? 見舞いに来てやったぜ」


安井はそういうとベッド横の椅子に腰掛ける。


「どうせ、暇だろう? オススメの漫画を持ってきてやった」


「あぁ、悪いな。安井」


そう言いながら、受け取った漫画をパラパラと数ページめくってすぐに閉じた。


まだ、事件は終わっていない。解決していないことがあるのだ。



「なあ、安井……いや、コレクターと呼んだほうがいいか? 」



安井は俯き、目を細めた。


「……やはりバレていたか。山下にしてやられた。見事な作戦だった」


ひらきから犯人を聞くまで、こんなに近くにコレクターがいるなんて、夢にも思わなかった……それが正直な感想だ。


「ついさっきまで、山下の複雑な作戦の意図が分からなかった」


安井が興味深そうに俺を見つめる。


「ほう、今なら分かると? 」


「ああ、お前に俺の好きな漫画なんて教えた覚えはないからな。いくらなんでもピンポイントすぎる」


安井は目を細めてこちらの様子をうかがう。


「おそらく、触れた相手の記憶を読める、そんな感じの能力があるんだろ? 」


僅かな間を開けて安井が応える。


「ほぼ正解だ。……しかし、藤井が少女漫画好きだとは思わなかったがな」


「別にいいだろ。面白いんだよ、これ」


「……話を戻すが、山下はもっと正確に俺の能力を把握していた」


安井は両手を顔の前に組んで話を続ける。


「俺は触れた対象の記憶の痕跡を視覚化できる……できるが音や感触、味覚は読み取れない」


「山下はそれを逆手にとって、俺が読み取りづらい白紙の手紙や音声でメッセージを残す配慮をしていた」


山下の計略は芳川の悪事の裏を取るための細工とコレクターの特定を同時に行うための仕掛けだったのだ。


「さらに山下は俺に依頼までかけてきた。俺は掃除用具入れを毎日確認して依頼がないか確認している」


「そこに置かれた腕時計と手紙に触れた瞬間……してやられたと思った」


「怖い……女だ」


以前、山下はコレクターについてこんな見解を述べていた。



__だって『良い時計』だから仕事を請けるということは、『悪い時計』なら請けないと解釈もできるよね?



つまり、山下は『悪い時計』を用意して必ず返却される状況を作ったのだ。


そして実際に返却された。


後は芳川達に気取られぬように今村に遺失物届けを出させて腕時計を回収。


ひらきに腕時計を見せてコレクターを特定させるつもりだったのだろう。


「安井、なんで腕時計を返却したんだ?その腕時計が無ければ、俺たちはコレクターが誰なのか特定できなかった」


フンと安井が鼻を鳴らす。


「俺は仕事をしないなら対価は貰わない主義なんだよ。山下はそこまで見抜いていたんだろうさ」


安井は見透かされたのが面白くなかったようだ。


「お前の能力はシナスタジアでは説明がつかない……超能力か霊能力の類か? 」


「サイコメトリーと言うらしいな……」


ため息をつきながら安井は教えてくれた。


しかし、山下の計略の深さに呆れるばかりだ。だが、それよりも大事なことがある。


「安井、芳川に山下のスマホのパスコードを教えたのはお前だな?」


安井は黙ってこちらを見ているだけで、反応はしなかった。


「俺以外にその秘密を知っていたのは正樹部長だ。俺は真っ先に正樹部長を疑ったよ」


安井を睨む。安井は目を反らすように下を向いた。


「山下が階段から転落した日、あそこに山下が現れる情報をリークしたのもお前だな?」


「―そうだ」


俺は安井の胸ぐらを掴んだ。


「お前は……お前の流した情報でどれだけの人間を不幸にしているのか分かっているのか? 」


「離せ……そのくらい分かっている」


安井のどんよりした瞳を見た瞬間に怒る気も失せた。


強力な能力を持った人間が普通に生きるのがどんなに大変か、俺には分かってしまうからだ。


「すまん、カッとなった」


「いいさ、お前がそういう奴なのはよく知っている」


俺は左手の腕時計を外して安井に手渡した。


「おい、これは……この腕時計、すごいな。極上品だ!!」


安井が我を忘れて興奮しているのが分かった。


「俺の予測が正しければ、お前は故人の腕時計を集めるのが趣味なんだろ?これをやるから取引しないか?」


「あぁ……いいぜ、何の情報が欲しい」


「取引したいものは__」



………



取引内容を伝え終わると、安井は急いでその場を去った。


言うのも変だが、あの時計にそんな価値があるとは思えなかった。


静かになった部屋で漫画を読み始めたところ、病室に山下のおばさんが慌てて入ってきた。


「悟くん! りえが、りえが…」


「おばさん、落ち着いてりえさんがどうしたんですか?」


あまりの慌てぶりに鼓動が早くなる。まさか、山下に何か悪いことがあったのかと身を固くしてしまった。



「りえが起きたのよ!!」


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