Scrap and Build

如月の首元を後ろから左腕で拘束し、右手にスタンガンを持った芳川が立っていた。



「芳川……もう、よせ。ここまで話が大きくなってしまったら逃場なんてない」


「ああ、だから逃げるつもりはない」



芳川は淡々と話を続ける。



「藤井くん、君のせいで僕の計画が台無しになった。なら、最後の仕掛けだけでも実行する」


最後の仕掛け?


声の感触は本気だった。何か、用意があるのか?



「芳川さん……もう止めて。私と一緒に自首しよう」


如月が芳川に語りかける。



「黙れ、お前も道連れだ」


聞く耳を持たない……そんな感じの声だった。


芳川は如月を引きずったまま、屋上の暗がりに消えていった。


追いかけようとして、出入口の近くに屍のように動かなくなった木崎と室伏がいたことを思い出した。



「正樹部長、その二人を警戒してもらえると。多分、何もしないと思いますが……」


「わかった……ていうか、こいつ等だれだ?」


「木崎と室伏っていう1年で、バケツ落下事件のときの犯人です」


そう言いながら、俺は芳川を追いかける。



屋上の角で、給水タンクの影に隠れるようにして如月が拘束され、芳川が立っていた。


あの筒は何だ?さっきまであんな物持っていなかった筈だが……。



「芳川、何故、こんな事をする? 」


「そういう……シナリオだったからね」


追い詰められた人間の声をしていた。


だが、それと同時に吐き出さずにいられない強い想いも感じた。



「この世界はね、スクラップ アンド ビルドで出来ているんだ」


芳川は、意味不明な話を突然始めた。



「例えば、あそこで動かなくなっている室伏と木崎はスクラップされた状態だ」


確かにあの二人は身も心も芳川に破壊されてしまったのか放心状態になっている。



「あの状態の二人に優しくあまい言葉で救いの手を差し伸べたらどうなると思う? 」


気持ち悪い笑みを芳川が浮かべた。



「何でも言うことを聞く従順な下僕が出来上がるんだ。そして、俺を神のように崇めてくれる」


ひらきが嫌悪感をあらわにする。



「そんな馬鹿なことできるわけないでしよ……気持ち悪い」


構わず、芳川は続ける。



「できるさ。男も女も……皆、そうなる。実験済みだ。如月も途中までは上手く行っていたんだけどね……」


「容姿、学力、計画能力、遂行力……そして、俺に対する献身的な態度。まさに神の如きバランス……実に美しかった」


芳川は自分の世界に陶酔しているのか興奮気味に話す。



「だが、こいつはもうリビルド不可能な欠陥品に成り下がった」


そういうと、芳川が左腕の締付けを強くする。如月が苦しそうに小さくうめき声をあげた。



「如月に山下を突き落とさせたのは失敗だった。再構築できないくらい心が壊れてしまった」


耳を疑う事実をポロリと漏らした。芳川を睨む。如月が山下を突き落とした、だと?


如月は涙を流していた。


「ごめんなさい……私……」


芳川が冷酷な目で如月を見つめていた。


「芳川……きさまぁ!!」


正樹部長が激昂して、芳川に向かって走り出す。


「動くな、如月を殺すぞ」


そういうと首にスタンガンの先を押しあてる。おそらく、スタンガンに殺傷能力はない……ないと思うが確証もない。


正樹部長も判断がつかないのか立ち止まる。怒りに打ち震えているのが分かった。


「悔しさが滲み出た良い表情だ。従順な人間は好きだよ。実に気分が良い」


芳川がほくそ笑む。


「しかし、桧川も山下も俺の思い通りにならなかった」


「なあ、桧川……部屋にあげてくれて、あんなに仲良くしてくれたのになぁ……」


ひらきが部屋に芳川をあげた?


思わず、ひらきの方を振り返ってしまった。


ひらきは拳を握り、唇を噛んで芳川を睨んでいた。


「ふざけるな、芳川。私はお前に騙されたんだ。私がお前と仲良くしたことなんてない」


ひらきが聞いたことも無いような大きな声を荒げた


「良い顔だ。そういうところ嫌いじゃないよ」


ひらきが怒っても芳川には逆効果にしかならなかった。だが、そんな芳川が顔をしかめた。


「僕はね……何の努力もしていない藤井くんが山下や桧川にチヤホヤされているのが許せないんだ」


「お前……何を……」


まさか、芳川が俺を嫌っている理由は……嫉妬なのか?


「僕は気に入った者には何でも与え、育て、絶望させて壊すんだ」


「そして、また美しく作り直す……手間も暇も時間もお金も、出来得る限りの労力を費やしているんだ」


「お前みたいに何もしていないのに欲しいものを手に入れられる奴が許せないんだ」


「うざいんだよ、消えてくれ」


そういうと、左手に持っていた筒状の何かをスタンガンの先に近づける。


「みんなぶっ飛ばしてやる」


全身から嫌な汗が噴き出る。まさか、あれはダイナマイト?


なんで、そんな物を?いや、そんな事考えている場合じゃない。


「みんな、伏せろ!!」


「もう、遅い!」


導火線は短く火はあっという間に本体に引火した。


如月と芳川の顔を覆い隠す程の激しい炎と閃光が網膜をとらえる。


もう、間に合わない。



…………?



爆発音は聞こえなかった。


恐る恐る目を開けると芳川の左手からダイナマイトと思しき何かは消え失せていた。


ドタ、ドタ、ドタと後ろから足音が聞こえてきた。


中上先生と警備員二人がこちらに駆けてきた。


「大丈夫か、お前ら? 」


ひらきは膝から崩れて、ぺたんとその場に座ってしまった。


「はい、死んだかと思いましたけど生きてます」


ひらきがヘナヘナしながら応える。


「熱い、熱い……あっ、あっ……」


如月の長い髪に炎が燃え移っていた。


如月は慌てて火を消そうとしているが長い髪が災いしてか、思うように消せないらしい。


「くそ、邪魔だ」


芳川は如月に燃え移った火が鬱陶しかったのか彼女を突き飛ばした。


こいつ、本物の屑だ。自分の事しか考えていない。


正樹部長が真っ先に動き、上着を脱いで如月の髪の毛に被せて沈下させた。


「クソッ、科学部の奴ら俺を騙しやがったな……」


芳川が悪態をつく。それを聞いて中上先生が説明をする。


「俺がそうしろと指示した。お前が持っていたのはニトロセルロースを纏めたものだ」


「何だと……? 」


芳川が苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「巴先生経由でお前が科学部の二人を脅してダイナマイトを作らせようとしていたことは聞いていた」


「科学部に様子を見に行ったら、混酸を作成している最中だったからな……方向転換させたんだ」


「余計なことを……」


芳川は歯噛みする。


「人を脅して爆薬を作らせるなんて、お前みたいな卑怯者の指示に従う必要はない。そう言ってやった」


「クソがぁ」


芳川はスタンガンを振り回しながら、出入り口に向かって走り出した。


逃がす訳にはいかない。


「ひらきはここで如月を介護してやってくれ」


「分かった、藤井くんは?」


「俺は芳川を捕まえる。中上先生、正樹部長も一緒に来て下さい」


警備員を置いて、屋上の出入口に急ぐ。


どこにあんな体力が残っていたのか、芳川の逃げ足は驚くほど早かった。


階段を全速力で駆け下りた。


くそ、足が痛い……でも、逃がさない。絶対に決着をつける。


昇降口から出ていく芳川の姿が目に入った。


後を追う最中、正門付近に人影が見えた。誰かは分からないが、芳川に人質にされる可能性がある。その前に捕まえないと。


だが、焦ったことで階段で足がもつれて、転倒してしまった。


階段を転げ落ちてあちこちを打撲する。


「大丈夫か、藤井!?」


中上先生が駆け寄る。


「俺は大丈夫なので芳川を……」


言葉を続ける前に、正門前で倒れている芳川の姿を捉えた。


その代わりに浮浪者のような風貌の男が立っていた。


フレームの歪んだ眼鏡をかけて、ボサボサの長い髪に伸び放題になった口ひげ。その隙間から覗く口下は笑っていた。


右手に持つ刃渡りの長いナイフからは血が滴っていた。


「ついに……やってやったぞ……ざまあみろ……お前のせいで俺は……死ね、死ね、死ね、死ね、皆、死んじまえ!!」


まるで獣のような叫び声が夜の校舎に響き渡る。


その声に聞き覚えがあることに気がついた。


「や、山井先生?」


中上先生の呆然とつぶやく。


芳川の周りには血の池が広がっていた。自業自得とは言え、このままだと芳川が死んでしまう。


だが、ナイフを携え発狂した山井を何とかしないと応急処置どころではない。


その時、正樹部長が山井に向かって飛びかかった。


山井も向かってきた。


だが、決着は一瞬で着いた。


ナイフを持った腕を正樹部長が捉えて、空中に山井の身体が舞った。


石のタイルに山井の身体は打ち付けられた激しい音がした。


鮮やかな一本背負いだった。


正樹部長は倒れた山井の手からナイフを蹴っ飛ばして手が届かないようにする。そして、逃げられないように取り抑える。


「中上先生!今のうちに、芳川に応急処置を!さっき救急車を呼んておいたので止血すれば助かるはずです」


流石、本番では無敗の"外弁慶"……やっばり正樹部長には敵わないや。


ほっとして気が抜けた。


あれ、何か視界が歪む……身体も言うことを利かない。


気がつくとバタリと倒れて地面が近くに見えた。


俺は緊張の糸が切れたのか、そこから先の記憶がない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る