反撃


「♫♪♬♫♪♬♫♪♬♬♫♪」



軽快な音楽が屋上の出入口を囲う狭い空間に反響していた。


芳川の拘束が緩くなった。


目を開けると芳川が周囲を見回しているのが見えた。



「なんだ、この音は?どこから…… 」


俺は音の所在を知っていた。俺の仕掛けた最後の一手。


すぅーと息を吸い込む。



「俺はここだぁぁぁぁぁああ、ひらーき!!」


タタタタットンットンットンットン!


軽快な音楽に合わせるかのような小気味よい足音が階下から聞こえてきた。


タンッ。


「歯食いしばれっ!芳川」


スカートのギザギザとしたシルエットが揺蕩たゆたい、スラリと伸びた足が俺の真上を舞う。



ひらき……待ってたよ。


芳川の顔にひらきの飛び膝蹴りが直撃したのか、ゴッと激しい衝突音が聞こえた。


すると、俺の上に乗っかっていた呪いのような重圧が嘘みたいに消えた。


そして、俺の頬にひらきの手が触れる。優しい手のぬくもりが生きていると実感させてくれた。


ポロポロと涙がこぼれ落ちた。


駄目だ、涙が止まらない……格好悪いな。



「はぁ、はぁ、はぁ……藤井くん!大丈夫?どこか痛いの? 」


思わず笑ってしまった。



「どこもかしこも痛い……でも、大丈夫だ」


両腕で上半身を持ち上げ左足の膝をつく。


右脚で立ち上がろうとしたところ、ぬるっとして、滑ってしまう。足の下に小さな血溜まりがあり、足を取られていたようだ。


仕方なく、四つん這いの状態から身体を捻って座った状態に変える。


ひらきがハンカチを取り出す。



「これで、はぁ、はぁ、傷口を圧迫止血して」


そう言うと倒れている芳川の方を睨んでいた。



「ひらき、芳川は俺が見ているから、そのスマホを取ってきてくれないか」


壁に立てかけられたスマホを指差す。


ひらきが芳川に警戒しながら、かがんでスマホを拾う。



「あっ、これ私のスマホか」


数時間前のことを思い返す。ひらきを自宅まで自転車に乗せて送っていたときのことだ。


ひらきが「寒い」と言って、俺のコートのポケットに手を入れたとき、彼女はこっそりと自分のスマホを忍ばせていた。


俺が学校に侵入したときにスマホのライトが必要だと思ってポケットに手を入れた際に、そのスマホが自分のものではないことに気づいた。


ひらきに一杯食わされたのだ。


でも、このスマホがあるから芳川の拷問に絶えられたし、俺のことも見つけてもらえた。


そして、凄く、凄く、救われた。



「ひらき……ありがとう。そのスマホのおかげで本当に助かった」


「ちょっと焦ったけどね。スマホの位置を確認したら、学校の敷地外に地図表示されてたから見つけるのに手間取ったよ」


敷地外で俺の自転車を発見してからはひらきのシナスタジアで俺の思念の色を辿って来たそうだ。


俺は校舎内が暗かったので、壁に手を触れながら移動していたのも幸いした。


屋上の階段手前で思念の色が途切れたので、電話を鳴らしてここまで来たんだそうだ。


階下からバタバタと足音が聞こえた。



「悟、大丈夫か?」


正樹部長だった。


そうか、ひらきは正樹部長と一緒にここまで来たのか。



「大丈夫……とは言い難いですね」


苦笑いを浮かべる。そして、気になることがあった。



「ひらき、スマホを持ってないのにどうやって正樹部長と連絡を取ったんだ」


ひらきを見て野暮な事を聞いたと気がついた。彼女はこの寒い時期に上着を脱いで、汗だくになっていた。



「はぁ、はぁ、……走った」


その時、俺の横を通り過ぎて芳川の元に駆けつける人物がもう一人いた。


腰まである長い髪……如月か?


俺が驚いた顔をしているとひらきが説明してくれた。



「ここに来る途中で如月ちゃんと会ったんだ。そしたら、私も連れて行ってくれって」


思わず、俺は臨戦態勢に頭を切り替えた。如月は一連の事件の真犯人の一人だ。


ひらきや正樹部長は如月の事情を知らないのかもしれない。


正樹部長が俺の殺気に気がついたのか、手を前に出して制す。



「大丈夫だ、悟。如月は……もう敵ではない」


含みのある言い方だが、戦わなくて済むならそれに越したことはない。


力が抜けた。


如月は仰向けに倒れている芳川を介抱していた。その横顔が月明かりに照らされて、慈しんでいるように見えた。


本当にこの二人は別れたのだろうか……そう思うくらい優しくて悲しい表情をしていた。


そうだ、ひらきにあれを確認して貰わないと。



「ひらき、お前のスマホに動画が記録されているか確認してくれないか? 」


カメラ機能はパスコード無しでも使える。


だから、屋上に入る前にひらきのスマホを屋内の壁に立てかけて録画していたのだ。


ただ、ちゃんと撮れているのかが気がかりだった。


ひらきがスマホを操作して動画を確認する。



「これ、ここの映像かな?……あ、芳川が何か喋っている映像が撮れてる」


ほっと胸を撫で下ろす。正直、この作戦は単なる思いつきだった。


今までの事件は全て事故として処理され、闇に葬られている。多少の強引さはあれど、見事としか言いようがない。


なら、どうすればいいか?



『事件の証拠がなければ作ればいい』



きっと山下なら微笑を浮かべながら、そう言ったはずた。


だから俺は証拠作成とこちらの位置を知らせる目的でスマホを配置しておいたのだ。


とは言え、屋内に置いたスマホで都合よく証拠となる動画が撮れるかは賭けだった。運が良かった言える。



正樹部長が俺の脚にハンカチを巻いてくれた。


「暫く、これで我慢してくれ。救急車を呼ぶ」


「ありがとうございます」


そういうと、スマホを取り出して電話を始めた。


急に天井に設置されていた蛍光灯がチカチカと音をたて、明かりがついた。


長いこと暗い場所にいたおかげで凄く眩しく感じた。


しかし、誰が明かりをつけたんだ?



「中上先生、電気をつけてくれたんだな」


そうか、中上先生も船着き場にいたのを思い出した。


謀らずも事件に関係する役者がほぼ揃った。


芳川のスマホが俺の横に転がっていたのでスマホを回収した。このスマホは事情を説明して中上先生に処遇を任せよう。


俺は山下やひらきの画像が完全に削除されれば文句はない。


やっと……やっと、終わった。


芳川が自分の罪を暴露した動画もある。これで決着だ。



「きゃあ!」



ひらき、正樹部長、そして俺は悲鳴の上がった方向を見た。


悲鳴を上げたのは如月だった。


如月の首元を後ろから左腕で拘束し、右手にスタンガンを手にした芳川が立っていた。



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