再開
放課後、クラスの前でひらきと待ち合わせをした。
「ひらき、悪いんだけど、30分くらい時間を潰しててくれないか?」
両手を顔の前で合わせてお願いする。
「仕方ないなぁ……じゃあ、美術部にいるから終わったら声をかけて」
ひらきと分かれて、俺は生活指導室に向かった。
向かう途中で正樹部長の後ろ姿が見えた。
「正樹部長!」
正樹部長が足を止めて、こちらを振り返る。
「悟か。タイミングバッチリだな」
生活指導室の前に着いた。俺は昨日、暴言と暴力をふるったので弁解の余地がない。
自分が悪いとはいえ、流石に嫌な気分だし、緊張もする。
握った手の平が湿っていた。
正樹部長は躊躇なく扉を開け、頭を下げる。
「失礼します」
正樹部長に習って同じように頭を下げつつ、生活指導室に入る。
「失礼します」
生活指導室は六畳一間に机と椅子が置かれている。
机の上にはノートパソコンが置かれており、中上がマウスをカチカチしながら、何か書類を作成しているようであった。
回転式の椅子くるりと回して、中上がこちらを振り向く。
珍しく眼鏡をかけていた。
体育教師 兼 生活指導教諭 兼 柔道部顧問 兼 コンピューターサイエンス部顧問は忙しそうだ。
部屋にはもうひとり先生が居た。
地学の巴先生だ。
「中上先生、ひらきの彼氏が来ましたよ」
巴先生がいたずらっぽくっ笑う。口元に手をあてて、ふふふっと笑う仕草が上品だ。
……怒らせると、目茶苦茶怖い先生なので、一歩後ずさりをしてしまった。
そういうと、巴先生は立ち上がり俺たちの横を通り過ぎる。
巴先生がポンと俺の肩に手を乗せた。
「藤井……青春してるな」
「えっ? 」
ニッと笑うと、ドアを出る直前に振り返り、中上先生に声をかける。
「中上先生、例の件よろしくお願いしますね」
「はい、……なんとかしてみます」
中上は少し苦笑いを浮かべながら、手を上げて巴先生を見送った。
ドアが閉まると、何か疲れが出たのか深いため息をした。
中上は顔をあげると、俺たちの顔を見て左手でパイプ椅子に座るようにと促した。
中上先生が俺と正樹部長を交互に見つめる。
俺は立ち上がり、深々と頭を下げた。
「き、昨日は大変失礼しました。気を遣っていただいたのに暴言、失言、暴力……本当にすみませんでした」
正樹部長も後に続く。
「言い訳のしようがない無礼な行為の数々、すみませんでした。如何なる処分も受ける覚悟です」
中上はあっさりしていた。
「許す。謝罪ができるなら問題ない」
そして、今度は中上が頭を下げた。
「俺もすまなかった。生徒を投げ飛ばすなど、あってはならないことだ。この通り、許して欲しい」
「先生の行動は正当防衛なので……許すも何も……」
しかも、怪我をしないように配慮までされてしまったのだ。
それを聞くと中上はニカッと笑った。
「なら、今回の件はこれでチャラだな」
「はい」
中上的にはそこが心配の種だったのかもしれない。シナスタジアがそう囁いていた。
「しかし……お前らなんて可愛いもんだぞ」
中上がうわ言のようにつぶやく。
「あいつが好きだ、嫌いだ、やれ虐めただの、そうかと思ったら科学部から時折聞こえる爆発音の苦情処理だの……」
ふと俺たちの顔を見て、正気に返ったのか咳払いをすると話を戻した。
「お前ら……遺失物事件をまだ追いかけるつもりか? 」
お前らと言う割に目線は明らかに俺を捉えていた。
「正直に言うと迷ってます。何もしなければ、ひらきが勝手に動くので放って置けなくて……」
「そうか。まあ、その辺は口出しはしないが、危ないことはするなよ。今日も何か調査でもするのか? 」
口出しはしないと言っていたわりに気にはなるようだ。
「実は山下がひらきに渡した手紙に遺失物一覧を見ろと書いてあったみたいで、見にに行こうかと……」
それを聞くと、記憶の扉を開けるように中上がブツブツと独り言を言い始めた。
「遺失物一覧か……それは最近だったか、いや、数ヶ月前だったか?」
「あっ!思い出した。藤井……遺失物一覧の公開は廃止したんだ」
寝耳に水だった。公開を廃止した?
どういうこか中上に聞いてみた。
「生徒会役員からの申し入れでな、遺失物一覧の公開は個人情報保護の観点から廃止するべきだと」
確かに遺失物一覧は警備室の前にバインダーに挟んで置いてあるだけだし、個人名やクラスも書いてあるので問題はありそうだ。
だが、基本的には部外者が入ってこれる場所ではないし、廃止は過剰な印象がある。
「でも、それだと遺失物があるときはどうするんですか? 」
「正確には警備室内には遺失物一覧はあるんだ。公開していないだけで。遺失物の届け出もできるし、本人であれば生徒手帳と引き換えに発見された遺失物の引き渡しは可能だ」
なるほど、理にかなっているし問題はない。
「教えてくれてありがとうございます。これいつ頃廃止になったんですか?」
「4月末くらいだ。指摘内容は筋が通っているし、特に反対する理由もなかったからな」
筋は通るが、「生徒会」という単語は引っかかる。生徒会の総意の上での決定事項だろうし、何とも言えないが誰の発案なのかも確認してみた。
「芳川の発案らしいぞ。裏サイトの件もあって、生徒の個人情報がネットに流出する可能性を少しでも減らしたいという趣旨と聞いた」
芳川……事あるごとにその名前が俺の目の前に立ち塞がる。
山下の階段転落事件後、一週間程度で突然のルール変更。流石に……タイミングが良すぎないだろうか?
「そういうわけだから遺失物一覧の調査は難しいだろうな。船場、新裏サイトの情報とテキスト、写真データの解析結果の共有をしてやったらどうだ? 」
「そうですね。俺もそれがいいかなと思ってました。悟、ひらきと一緒にコンピューターサイエンス部に集合してくれ」
俺は頷く。
「俺は準備をするから先に行く。先生、失礼します」
そう、言い残すと足早に生活指導室を去っていった。
取り残された俺と中上は微妙な空気感になった。少し、気不味い。
俺もひらきを迎えに行こうと思い、頭を下げて、部屋を出ようとした時に中上に声をかけられた。
「……もしやる気があればだが、柔道部に入らんか? 」
「えっ?でも、俺はコンピューターサイエンス部に……」
中上が目を細めて、組んだ両手を膝の上に置いた。
「俺も兼部している。できるさ。江川もリベンジしたいって息巻いてたぞ」
俺は胸に熱い何かを感じた。忘れていた情熱……そんな感じの何かを。
「……入ったら、俺も先生にリベンジしていいですか? 」
「仕方ない……その時は考えてやる」
ペコリと頭を下げた。
「声をかけてくれてありがとうございます。少し、考えさせてください」
そういうと、中上は少しがっかりしたような顔をした。
「いえ、前向きに考えるって意味です」
そういうと生活指導室を飛び出した。
ひらきを迎えに行こう。
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