秘密
美術部に向いながら、前から気になっていたことが頭をかすめる。
ひらきは裏表ない性格だとは思うが、秘密主義なところがある。
一人暮らしの件然り、片親の件然り。最もこれは気軽に話せる内容ではない。だが、それを除いてもひらきのことを実は何も理解していないのだ。
好きな食べ物は? 趣味は? 血液型は? 誕生日は?
そして、俺を探していた理由は?
……思いの外、ひらきの事を知らないんだと思う。俺は“桧川ひらき“がどんな人物なのか気になり始めていた。
美術室の前に到着すると、中から声が聞こえてきた。
ドア越しで声がくぐもって聞こえるが、美術部は女子が多いのか、何か盛り上がっているようだ。
いきなりドアを開けるのは失礼だろうし、ノックする。
「失礼します」
ガラガラとドアを開けると、美術部員がひらきをモデルにデッサンをしている最中だった。
部屋に入ると、ひらきがこちらを見てボソッと聞き取りづらい声で声をかけてきた。
「……見た? 」
「何を? 」
俺たちのやり取りを見て、美術部員の面々はニヤニヤしていた。
なんだ?
俺の近くにあった美術部員のキャンバスをチラッと見た。
四つん這いになって艶めかしい視線を送るひらきのデッサンが描かれていた。
グラビアモデルみたいなポーズをしていた。
「み、見るなぁ~!!」
俺の視線に気がついたのか、キャンバスの前にひらきが立ちはだかる。
他にも美術部員はいるわけで、そこらかしこにひらきの絵が見えた。
ここで眼福、眼福と反応するのが健全な男子高校生というものだ。
だが、美術部員には女子部員数名に加えて、その男子高校生も数名いるのがひっかかる。
……なんか、イライラするな。
「彼氏さん迎えにきましたよ、ひらき先輩」
部員の一人がわざわざ要らぬ枕詞をつける。
「か、彼氏じゃないよ、魂のバディだよ。ねっ、藤井くん? 」
「ひらき……その表現は彼氏を超えた何かと勘違いされるから止めてくれ」
はぁ、と溜め息をつく。
「えっ……そこは肯定しておくところでしょ!あの日、凍えた私の手を温めてくれたじゃないか!!」
ひらきの発言に美術部がザワつく。
「ひ……ひらき、お、おま、お前、皆が誤解するだろ。変な言い回しするな!」
俺たちのやり取りを見た美術部員の女子がポロッと本音をもらす。
「ひらき先輩と彼氏さんのやり取り、なんていうか……ちょっといやらしいですよね」
くっ……ひらきと一緒にいるといつもこれだ!
俺は居た堪れなくなり、その場から走って逃げた。
「あっ、藤井くん待ってよ!!」
…………
「ねぇ?なんで怒ってるの?」
ひらきがまたしても人類にはできない言語で話しかけてきた。
「おい、“残念“ どの口がそんな事を言っているんだ? 」
「“残念“じゃないよ、“美人“のひらきちゃんだよ」
ひらきに一般常識を求めた俺が馬鹿だった。溜め息をつく。
「……なあ、ひらき。連れ出しておいて言うのも何だが、美術部サボってよかったのか? 」
「ああ……楽しい部活ではあるんだけどね。私ね、あまり絵を描くの好きじゃないんだ」
「えっ!? 」
流石にこの発言には驚いた。
県の絵画コンクールで何度も最優秀賞を採れるくらい実力のある人間が絵を描くのが好きではないというのは意外だった。
「藤井くんなら分かると思うけど、シナスタジアのことさ……聞かれるのが面倒でさ」
言わんとしていることが何となく分かった。
ひらきは苦笑いしながら話してくれた。
「美術部所属なら『独特の色彩感覚がある人間』くらいの認識になるでしょ?隠れ蓑になるから所属してるんだ」
……ひらきは何かを誤魔化すときに、困ったように苦笑いをする。
きっと今までもそんな顔をしながらシナスタジアと付き合ってきたんだろう。
本当にやりたい事と自分が得意な事は別の話だ。
俺たちはシナスタジアの恩恵の裏で諦めていることが沢山ある。
シナスタジアをフル活用してやりたい事をやるという選択肢もある。でも、人間は不思議と自分と違うものを排除しようとする傾向にある。
それは子供の頃からずっと感じていた社会の違和感であった。
だから、俺やひらきはその部分が目立たないように隠すのだ。
「そっか……いつか、ひらきの本当にやりたいことができたら教えてくれ。応援するよ」
ひらきが吹き出しそうな顔で俺を見る。
「藤井くんってさ……たまに真面目な顔で恥ずかしいこと言うよね」
……もう、ひらきは応援しない。アホ。
話が終わったと同時に部室の前に到着した。
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