コレクター

裏サイトの管理者が山井先生以外に存在する可能性がある。


この新しい仮説に皆、反応はまちまちだ。


部長や安井は嬉しそうだし、俺を含め、ひらき、山下は不安な顔を浮かべている。


その中でも特に中上は酷い顔をしていた。


「胃が……」と中上は苦しげに言った。


腹を擦る中上の顔は強いストレスを感じているようで、何だか気の毒になってきた。


「別の管理者がいても問題だが、連絡の取れない山井先生が裏サイトを復活させたなら違う意味で大問題だ……」


確かにその通りだし、その推測の方が第二の管理者よりも現実的だ。


「いや、山井先生の可能性は低いです」


正樹部長が理由を説明する。


「今回の裏サイトはPHPのバージョン情報が非公開に変更されていたり、セキュリティ周りも以前より強固になっています」


正樹部長の意図が今一つ、俺にはわからない。そもそも、PHPが何なのかも分からない。


「ビフォーアフターでITスキルに差がありすぎるんです。つまり、別人と判断するのが妥当です」


なるほど、そういうことか。


それを聞いても、中上は安心できないようで暗い顔をしていた。


「因みに陽芽高の新裏サイトは安井がみつけてくれたんだ。安井、説明を頼んでもいいか?」


安井は頷くと報告を始めた。


「俺は裏サイト内とインターネット、それぞれにスクレイピングを実行した」


ひらきが手をあげる。


「安ぽん、スクレイピングって何?」


丁度俺も聞こうと思っていた。……安ぽん?


「ひらき……その変なあだ名で呼ぶのはやめてくれ」


安井の口からため息が漏れる。


「スクレイピングっていうのはWebサイトから特定の情報やデータを掻き集める技術のことだ」


安井の説明によると、「陽芽高裏サイト」「遺失物」「腕時計」これらのキーワードを組み合わせて、スクレイピングをしたらしい。


「裏サイトは規模が小さいから、出てきたのは2件だけだった」


ディスプレイが切り替わる。


まず1件目は腕時計の画像だった。ひらきがこの画像に反応した。


「これ、イマムーの無くした腕時計の特長に似ている気がするんだけど……」


イマムーは、多分、今村伊澄のことだろう。


写真にはアナログ時計が載っていた。時計盤には午前と午後で切り替わる太陽の絵が描かれていた。


「これ、私のスマホに送ってくれない? イマムーに確認してみるよ」


安井が俺のスマホに画像を送ってきたので、ひらきに転送する。


スマホを取り出し、ひらきが手早く今村伊澄にメッセージを送る。


もう1件も腕時計の画像だった。金属製のベルトにローマ数字の文字盤が描かれたアナログ時計だ


安井が続ける。


「この画像には掲示板も残っていて、短いメッセージが書かれていた」


ーーーーーーーーーーーーー

更新日:2/11

作成日:2/11

更新者:匿名(72.1.5.132)

_____________

1.匿名(72.1.5.132)

この腕時計と交換で、とある

人物の身辺を調査して欲しい。


_____________

2.コレクター(62.45.33.114)

>>1

良い時計だ。受諾。

腕時計と依頼内容をいつもの

場所に置け。それとこの後、

この掲示板は削除しておけ。


ーーーーーーーーーーーーー


腕時計を対価に何か取引をしている?


文面から察するに、投稿者と依頼を受けている「コレクター」なる人物は、何かしらの繋がりを持つ知人のようだ。


ふと、隣に座っていた山下の目の焦点がディスプレイにあっていないことに気がついた。


「おい、山下。大丈夫か?」


肩を軽く揺さぶると、山下は驚いたようにこちらを見た。


「うん、大丈夫……何か引っかかる内容だなと思って考え事してただけ」


ひらきが大きな声をあげる。


「あっ分かった!!掃除用具入れだよ。藤井くん」


「いや、何の話をしているんだ? 」


「コレクターって人はいつもの場所に腕時計を置いとけっていってるけど、それって……」


「掃除用具入れか……! 」


二人で勝手に盛り上がっていると、正樹部長がニコニコしている。


「なんだか分からんがお前ら息ぴったりだな!付き合っているだけはあるな! 」


思わず目を見開いた。


「いや、付き合ってないですよ。なんの話ですか!? 」


ふと横を見ると、山下がジトッとした目で俺を見ているのに気がついた。


やましい事など何もない。


……こともない……かぁ。


今朝のひらきとの出来事がフラッシュバックして、思わず山下から目を逸らした。


「そうですよ、付き合ってなんかいません!」


ひらきが珍しく正しい訂正を入れてくれた。やる時はやる奴だったんだな!


「私達はもっと魂の深いところで繋がったバディなんです!!そこ、勘違いしないでいただきたい」


「た、魂の深いところで……?」


正樹部長が何故か顔を赤らめる。


「へーそうだったんだね。悟くんよかったね」


山下の感情のこもらない平坦な声が、ガンガゼウニの針のように突き刺さる。


シナスタジアの感度があがっているのか、足まで痛い気がしてきた。


違う……山下に足を踏まれているんだ。


「藤井……不純異性交遊は先生の目の届かない範囲で頼むぞ」


中上が教師とは思えない発言をした。


「じゃ、話を戻しましょうか」


安井がニヤニヤしながら、話を切ってしまった。弁明させない気か!?


「山下さんはこの2件のデータから何か分かったみたいですね」


安井が山下に話を振る。


「今までの話とひらきちゃんの話を総合すると、コレクターと匿名の方は学校の掃除用具入れを取引の現場に使っていた……と考えるのが妥当です」


流石、山下。あの会話で分かったのか。


中上、正樹部長、安井は当然不思議そうな顔をしていたので、俺はかんたんに事情を説明した。


「ただ、コレクターさんは大いに気難しい人みたいだね」


「何故、そう思うんだ? 」


正樹部長が小首をかしげる。


「だって『良い時計』だから仕事を請けるということは、『悪い時計』なら請けないと解釈もできるよね?」


「請けるも請けないも俺次第……そんな文章。こだわりがあって面倒な人の文面かな……と」


確かに横柄な文章ではあるが、そんなところまで気にしていなかった。


「後は遺失物事件の根幹はこの取引が原因ではと考えられます」


これには中上が身を乗り出した。


「どういうことだ、山下?」


山下は目を細め少し下を見ながら、こう回答した。


「それは簡単な話です。コレクターが自分の好みの良い腕時計を手に入れるためです」


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