疑惑

放課後、ひらき、山下と教室の外で待ち合わせて、コンピュータサイエンス部に向かった。


「正樹くん……じゃなかった、船場先輩に裏サイトを調べてもらったのは正解だったかもね」


山下が言うと、相槌を打つ。


「正樹部長はインターネットとか、プログラミングに精通しているみたいだし、適任だと思ってさ」


部室に着くと、正樹部長、安井が待っていた。


……あれっ?もう一人いる。


「中上先生……?」


「おう、藤井……に桧川、うっ……山下……」


声にほんのり怖れの感触がある。おそらく、山下が大暴れしたせいだろう。


「桧川と山下は部活はどうした? 」


当然、そうなるよなという質問が来た。


「今日はコンピュータサイエンス部に用があって、部活はお休みすると顧問の高田先生には伝えてあります」


山下は理路整然と切り返す。


「私は……サボりですっ! 」


ひらきは敬礼のポーズで胸を張り、堂々とサボり宣言……。


ひらきの行動は本当に残念だ。


なんでこんなに残念なんだろう。


良いところもあるんだけどな。


「桧川、お前なぁ……。まあ、いい今回は見逃してやる。次回はやるなよ?」


いつもは厳しい中上が今日は優しい。


よく見ると疲れた顔をしている。目の下にくまがあり、剃り忘れたのか無精髭まで生えている。


ため息混じりに中上が話し始めた。


「藤井も来たからもう一度話しておく。山井先生が退職されることになったので、代わりに俺がこの部の顧問になった」


「先生、柔道部の顧問もしてませんでしたっけ? 」


兼任なんて無理があると思うのだが……。


「柔道部は監督が別にいるからな。管理責任上の問題で籍を置いているだけなんだ。だから、兼務できるだろ……と」


そこで言葉を濁した。


声に感じる理不尽さからすると……上層部に仕事を押し付けられたのかもしれない。


「とにかくよろしくな」


中上の疲れた笑顔には苦労の跡が見えた。厳しくて嫌な先生だと思っていたが少し優しくしてあげようと思う。


「……で、がん首揃えて何の集まりなんだ? 」


山下は造り物の人形のような笑顔で答えた。


「裏サイトの調査です」


そのキーワードを聞いた瞬間、中上がブルッと身震いし、カチンと固まったように見えた。


「や、山下も調査をするのか? 」


「はい、先生」


山下は今日一番の笑顔を見せた。


そして、それを聞いて怯える中上が対照的に見えた。


……中上に何をしたんだ、山下。流石に中上が怯え過ぎだろう。


ひらきは何か閃いたらしく、右の掌に左手のこぶしをトンッと落とした。


「あっ、思い出した!先生の名前も裏サイトの遺失物事件の被害者一覧にいましたよね?」


「……確かに載っていたな。あれには流石の俺も驚いた」


先生は裏サイト自体も見たことがあるようだ。俺は思ったことを口にした。


「ということは、先生も遺失物届けをだしたんですね」


中上先生が眉をひそめる。


「いや、出してないんだ。だから、少し不思議でな……」


「はぁ、そうなんですね」


山下と目が合った。裏サイトの遺失物情報は遺失物一覧とイコールではないのかと顔を見合わせる。


「いよいよ、盛り上がってきたな!では、裏サイトの調査状況報告と皆に協力して欲しいことがある」


正樹部長が嬉々として話し始める。


「ちょっと待て、船場」


正樹部長の話に中上先生が割って入った。勢いを削がれて正樹部長がガクッとなるのが見えた。


「まさかと思うが……ここにいるメンバー全員、山井先生が退職した本当の理由を知っている……ということか?」


全員首を縦に振る。


顔を手で覆い、うなだれる中上を見て、安井がボソッと言った。


「中上先生……人の口に戸は立てられませんよ。話を進めていいですか?」


安井が少しイラつきながら、話を先に進めようとする。


いつもはマイペースに過ごしているから思い通りにならないことに慣れていないのだろう。


正樹部長が再び話し始める。


「せっかく、1人1台パソコンがあるからそれぞれのパソコンに俺の画面を共有しながら説明する」


空いている席にそれぞれ座る。


目の前のディスプレイに裏サイトが表示され、マウスカーソルが勝手に動いている。


「みんな見えるか?」


正樹部長が声をかけてきたので相槌をうつ。


「見えます」


「よし、始めよう」


画面の検索窓に正樹部長が『遺失物事件』と入力する。


すぐに遺失物事件の掲示板が表示される。


ーーーーーーーーーーーーーーーー

【発見されていない遺失物】

4件▼


更新日:4/3

作成日:1/15

更新者:匿名(172.16.0.3)

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「更新者の横の数字を見て欲しい。中上先生、これ何だかわかりますか?」


山井先生の退職の秘密がバレて脱力している中上先生に鞭を打つ正樹部長には、容赦がないなと思う。


「……船場。俺のことを馬鹿にしてるのか?これは学校の無線LANルータ経由のIPアドレスだ」


えっ!?即答。すみません、中上先生少々舐めてました。ていうか、どういうこと?


「裏サイトの管理者をずっと探していたことは親父から聞きましたからね。馬鹿になんてしていませんよ」


中上先生は腕組みしながらフンと鼻を鳴らした。


正樹部長の親父……ということは船場マスターから聞いたのか。


そういえば、裏サイトの件は逐一、陽芽高校に知らせていると言っていたな。


安井が口をはさむ。


「つまり、何者かが学校の無線LANを利用して裏サイトの掲示板に書き込みをしていた……可能性が高いということだ」


範囲は広いがそれでも学校内に遺失物事件の投稿をした人物がいることは間違いない。


山下が素直な疑問を正樹部長に投げかける。


「IPアドレスから個人を特定することはできないの?」


「それはほぼ不可能だ。せめて、裏サイトの管理コンソールに入れれば、もう少し詳しいことがわかるんだが……な」


安直かもしれないが一応意見してみる。


「山井先生が使ってたパソコンからサーバーに入ることができるんじゃないですか?」


正樹部長がここで渋い顔をする。


「それがな、山井先生の使ってたパソコンが壊れてしまったらしくてな……」


思わず、目を丸くする。どういうことだ?


そこは中上が説明する。


「山井先生が居なくなってしまったから、パソコンの操作に不慣れな先生が授業をすることになってな」


中上がまた疲れた顔を見せた。


「操作に四苦八苦しているところを山崎が手伝いに行ったら、足にケーブルを引っ掛けてノートパソコンを床に落としてしまったんだ」


中上がため息混じりに教えてくれた。


「……山崎って誰でしたっけ?」


素朴な疑問を口にする。それに何故かひらきが答える。


「ザッキーは藤井くんと同じコンピュータサイエンス部のメンバーじゃん、流石に酷くない?」


あー、俺と同じ幽霊部員の山崎か。


「そういうわけで、授業にならんからパソコンは早々に修理に出されたわけだ」


修理には二週間ほどかかるらしい。


中上が何度目かのため息をつきながら補足してくれた。


代わりのパソコンを用意したいが、サーバーへの接続設定などを管理していたのが山井なので、資料を絶賛大捜索中らしい。


尚、山井にも何故か連絡がつかないとかで教職員は大混乱中のようだ。


「そういうわけで調査が少し先延ばしになったというわけだ」


正樹部長が肩をすくめる。


「ただ、一つわかったこともある」


「皆に今見てもらっているこの裏サイトは回収したデータを元に俺が作り直した偽物なんだが……」


凄い……!そんなことができるんだ。正樹部長はやっぱり頼れる兄貴だ。


「インターネット上には本物の陽芽高裏サイトが復活していているのを発見した」


みんなの視線が部長に集まる。


「つまり、裏サイトの管理者は山井先生以外にも、いるかもしれない……」



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