勝負
山下の仮説は説得力はある。
ただ、一つひっかかるのはコレクターに依頼をするために、この投稿者は窃盗というリスクを犯していることだ。
「山下、投稿者のリスク高くないか?バレたら、停学……最悪退学だって考えられる」
「その通りだね。でも、それだけ価値のある仕事をしてくれるのかもしれないよ」
掲示板の内容だと身辺調査が依頼内容だった。仕事っぷりがわからないから何とも言えない。
山下は続けた。
「まあ、まだ情報が足りないから推測の域をでないし、……安井くん話を続けてもらえるかな?」
山下の話にはまだ続きがありそうだが、意図して飲み込んだようだ。
安井が話の続きを始める。
「インターネット上でもスクレイピングを行った。その結果、新裏サイトが見つかったんだ」
なるほどそういうことか。
「ここからが協力して欲しい内容なんだが、スクレイピングで集まったテキストや画像が膨大でな……」
変な間を開けつつ、安井が話す前から苦笑いしているのが引っかかった。
「いや、集まったテキストデータが約37万文字、画像データが12034件……」
思わず、のけ反ってしまった。
「さ、さんじゅうななまん……?」
隣に座っていたひらきの口からポテチがこぼれ落ちた。
……おい、それ俺が部室に備蓄してたポテチ……、なんでお前食ってんだ。ていうか、どこから……。
あっ!こいつシナスタジア使って、部屋の中から俺のポテチを……いや、今はそれどころではないのに、こいつ……!
ひらきがポテチを食べながら急に立ち上がる。
「わ、私は明日体調不良で危篤だから帰るね……」
お前は未来人か!
俺は咄嗟にひらきの腕をガシッと掴んだ。逃がすわけないだろ。
そして山下は何も喋らず、ただ笑顔でひらきをじっと見つめるだけだった。
ヒッ……。
ひらきは左肩をぐるぐると回し始めた。ピッチャーが投球練習前にやる仕草によく似ている。
「さあ安ポン、私は何をしたら良い?」
「だから、安ポンって言うな!」
安井は呆れた顔をしながら、みんなへの依頼内容を伝える。
「クラウドサーバーに集めたテキストデータと画像が置いてある。これを皆に共有するから一通り見て関連ありそうなデータを精査して欲しい」
山下が質問する。
「なんで作業分担ではなく、全員に全部見せる必要があるの?」
「人によって精査の方法や精度が違うからだ。例えば、ひらきに任せた部分はヌケモレが多いとか」
ひらきが会話に割り込む。
「おいっ!私を引き合いに出すのはやめてもらおうか! 」
山下が納得する。
「確かにそうだね。良い作戦だと思う」
「りえピン!? 」
全会一致で『ひらきは信用ならない』という暗黙の了解はあったと思う。
それと同時に『だからと言って、怠けさせる道理もなし』という空気もあった。
安井はSNSを使って、皆にクラウドサーバーの共有リンクを配布した。
中上が安井に声をかける。
「俺にもそのリンク教えてくれないか?裏サイトの管理者を野放しにしておくわけにはいかないんだ」
「えっ、いや、別にいいですけど……」
中上の顔は真剣だった。安井はその勢いに気圧されてしまったようだ。
この感触は真摯な思い……?本気の人間が発する強烈なメッセージだ。
裏サイトに何か深い思い入れがあるのかもしれない。
最後に正樹部長がまとめてくれた。
「各自、1週間後を目処に発見した事実を共有もらいたい。来週の同じ時間にここに集まってもらえるか?」
皆、頷く。
「俺も新裏サイトの情報を親父から収集してみる。特にパスワードがわからなくて困っててな」
と、苦笑いする。時間は午後4時半を回ろうとしていた。
「山下、ひらき、まだ下校時間まで時間がある。予定通り、遺失物一覧の確認と江川にヒアリングに行こう」
ひらきが横着する。
「なら、私は遺失物一覧を見に行ってくるよ。藤井くんとりえピンは江川くんの所に行って。効率良いでしょ」
俺は即座に諌めた。
「ひらき、それは駄目だ。バケツ落下事件や投石事件、今朝の件を忘れたのか?1人での行動は危険だ」
人の少なくなった校舎の中をひらき1人で行動させるのはリスキーだ。
ひらきはちょっと考えて、
「なら、正樹部長!護衛役としてついてきてもらっていいですか?」
「俺が……か?まあ、護衛役で良いなら行くのはかまわないが……悟じゃなくていいのか?」
「うん、全然OK!」
正樹部長は柔道をやっていて黒帯の有段者だ。安全確実な人材だし問題はないだろう。
そんなことより、なんか拍子抜けした自分がいることに違和感を感じた。なんか、もやもやする。
後ろから山下に服の裾を掴まれた。
「じゃあ、私達は江川拓夢くんのところにヒアリングに行こうか」
「あぁ……そうだな」
すると、中上が声をかけてきた。
「柔道部に顔を出さないといけないから俺も一緒に行こう。ついでに江川にも
声をかけてやる。その方が話しやすいだろう? 」
確かにそのほうが素直に話を聞けそうだ。
しかし、柔道部か……。できれば顔を出したくない。
狭い空間に人がたくさんいるし、練習中は人の声が乱反射して、俺に降り注いでくるのだ。
道場は体育館の中にあり、扉で仕切られている。
バレー部とバスケ部の間を通り抜け、道場に入った。
中は柔道用の畳が敷かれており、場内と場外を示す赤い正方形のラインが引かれた枠が2つ程ある。
陽芽高は柔道に力を入れており、それなりに広い道場だし、室内も綺麗な方だと思う。
柔道部は乱取り稽古の最中だった。凄い活気と熱気だ。
技と力の応酬、大きな掛け声、そして畳を揺らす激しい受け身の音が響いていた……。
道場特有の畳の匂いと埃っぽい空気。好きな訳ではないのに少しだけ血が騒ぐような感じがした。
だが、やっぱり密閉された空間の人の声は苦手だ。
山下は心配そうに小声で声をかけてくれた。
「道場の外で待ってる?」
「大丈夫……このくらいなら耐えられるから」
柔道は比較的掛け声が少ない競技だ。だから嫌いではないし、一時は柔道に打ち込んでいた時期もあった。
そうはいってもこのシナスタジアがある限り人が沢山いる場所はできるだけ避けるしかない。
大丈夫、俺は石だ。石は何も感じないはずだ。
いつもの暗示をかける。
中上が江川を呼んできてくれた。江川は俺より一回り体が大きい。
肩幅も広く、やや短足だが安定した足腰にピンと伸びた背筋から安定感を感じる。体幹がしっかりしているのだ。
こいつは……おそらく強い。
なるほど、ひらきが期待のホープと呼んでいたのも納得だ。
短髪にニキビでデコボコの顔。そしてふてぶてしい顔。理由はないが苦手なタイプだ。
「俺になんか用っすか?」
見た目通りのぶっきら棒な話し方に苦笑いしてしまった。
「はじめまして、私は山下りえって言います。彼は藤井悟くん」
私たちはお互いにペコリと頭を下げた。
江川は目を細め、品定めでもするかのように俺の全身を眺め回した。
正直なところ気持ち悪い。なんだろうか?
山下が話を続ける。
「君が半年前くらいに無くした腕時計について話を聞かせて貰いたくてやってきました」
少し間を開けてから江川が返事をする。
「別に話すのは構わないっすよ。でも、条件があります」
江川は噴き出す汗を道着で拭いながら、交換条件を持ちかけてきた。
江川が腕を伸ばしたかと思うと、人差し指がまっすぐ俺の顔を捉えていた。
「おい、二股クズ野郎!俺と勝負しろ!」
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