合流

俺は自分の部屋にいた。


部屋にはローテーブルが置いてあり、勉強をするとき以外は座布団に座ってくつろぐのに使う。


今はどうかって?


くつろいでいない。ただ、いつもと違って変な緊張感はある。


目の前に風呂上がりの美少女がいる。


母さんから借りた長袖のティーシャツとジャージを着ていることを除けば、男なら跳び上がるほど嬉しいシチュエーションに違いない。


でも、それが緊張感の原因ではない。


例えば…例えばの話だが、ここにもう一人かわいい女の子がいたらどうだろうか?


風呂上がりの美少女と制服を着たかわいい女子高生だ。


羨ましいだろう。そうだろう。


でも、現実は違う。


「うわっ……悟、あんた修羅場ってんじゃん」


空気を読めない母が空気を読まない発言をしながら入ってきた。


トレイに飲み物と茶菓子を両手で抱えて、足でドアを器用に開けながら……。


「おば様、お構いなく」


……と、山下は言った。


「ひゃっほーご馳走ごちそう!」


ひらきは興奮気味だ。アホなんだな。


「ほほほっ失礼しました」


今日ほど母親を殴りたいと思ったことはない。


山下がお茶を飲みながら、笑顔でこちらに話しかけてきた。


「悟くんとひらきちゃんは私に内緒で密会でもしてたのかな?」


とても良い笑顔だ。


だが、目の奥は笑っていない。恐ろしくて目を合わせることができなかった。


だが、ひらきは違った。


「密会なんかしてないよ。ちゃんと藤井くんには今から行くって言ったし、いいよって言ってた」


言ってない。断じて言ってない。


しかも、それ俺にしか言ってない時点で密会だから。


とりあえず、何か言わなくては……


「勝手にひらきが押しかけてきたんだ」


「へぇ」


ジトッとした目で山下がこちらを見る。


何もやましいことをしていないのに、何故かやましい気持ちになってくる。


「りえピン、なんか怒ってない?」


お前はお前で空気読め。お前の発言一つで俺の進退が決まるんだよ!


山下が小さく咳払いをした。


「……さて、悟くんをからかうのも飽きてきたので本題に入りましょうか」


「えっ……」


からかわれていたのか……


「ひらきちゃん、何か用事があって悟くんに会いに来たんだよね?」


「うん、とても大事な用事がある」


ひらきがこちらを見た。真剣な表情をしていた。


「助けてくれてありがとう」


「お、おう、別に」


急にお礼を言われると照れる。ありがとうとごめんなさいがちゃんと言えるのはひらきの良いところなんだろう。


「あと、遺失物事件の件なんだけど……」


少しひらきが言い淀む。


「調査を続けたいんだろ。いいよ。最後まで付き合うよ」


「いいの? 」


小さく頷く。


その時、ひらきは嬉しさのあまり飛びついてきた。


……が、ひらりと躱した。


ひらきは床と包容をする形になった。というと聞こえは良いが、うつ伏せに倒れただけだが。


むくりと起き上がり、ひらきが恨めしげにこちらを見る。


「今のは喜びを受け止めて抱き合うところでしょ」


ジトッとした山下の視線が怖い。


「ひらき……過度なスキンシップは相手を……そのなんだ、勘違いさせる原因になるから控えるように」


「別にハグぐらい、いいじゃん」


「ダメだよ。ひらきちゃん」


ヒッ…


思わず息を飲んだ。山下が氷の微笑を浮かべた。


「うん、ハグは良くないね。気をつけま〜す」


山下がお茶を一口飲んでからひらきにとある疑問を投げかけた。


「バケツ事件の時に、今村さんの腕時計を見てから様子が変だったよね?何色が見えたの?」


ひらきが答える。


「今村ちゃんの紫と僅かに混ざった赤。あの赤は芳川の色だ」


芳川という名前に心がざわつく。山下はもう一つ聞いた。


「落ちてきたバケツ……だけど、それにも赤が混ざってなかった?」


ひらきはコクリと頷いた。


「あった、と思う。ただ、あのバケツは色んな色が混ざっていて、ちょっと自信がないんだ」


不特定多数の人間が触れるものは、色が複雑すぎて個人を特定するのが難しいらしい。


今度は山下がこちらを向いた。何か聞きたいらしい。


「悟くんはバケツが落ちてきたのは偶然分かったの?」


「偶然だ。ただ、シナスタジアの感度を上げるために手のひらを上に向けたから害意の音に触れることができた」


思い出すと、手のひらがチリチリする感覚を思い出す。嫌な感触だ。


「でも、害意の音でバケツが落ちてくるのが分かったわけじゃない」

「害意の音を聞いた結果、バケツの落ちてくる音が混ざっていて、回避できた…そんな感じかな? 」


山下が目を閉じて何かを考え始めた。ぱっと目を開けると話し始めた。


「私からも今日掴んだ情報を皆に伝えておくね」


山下からの情報は学校の緊急朝礼で話がでたバケツ落下事件の犯人と正樹部長から提供された裏サイトの情報だった。


バケツはベランダでふざけていた男子生徒二人が落としてしまったこと。


裏サイトの管理者がコンピュータサイエンス部の山井先生だったことと、例の画像をアップロードしたのも山井先生だったことだ。


安井のやつ、画像をアップロードした犯人も山井だったことはわざと黙っていたな。


改めて内容を聞くとタイミングが良すぎる点を除けば、バケツ落下事件と裏サイトは無関係のように思える。


「今の話を聞く限り、その男子生徒二人がひらきに害意を持っていた……と考えるのは無理があるな」


山下も同意する。


「多分、その害意は芳川くんだと思う」


また、芳川だ。露骨に嫌な顔をしたのがわかったらしく、山下が聞いてきた。


「前から思っていたけど、もしかして芳川くんのこと嫌いなの?」


「まあ、好きではないな。ただ、どちらかと言えば芳川が俺を嫌っている…そんな感じだと思う」


ひらきが同調する。


「私も芳川嫌い。やたら絡んでくるし、気持ち悪いんだよね」


「私も彼は苦手。すぐスキンシップ取ろうとするし」


山下まで同調し始めた。


でも、悪口を言ったせいか、三人とも少し気分が暗くなり、変な沈黙ができた。


やはり、人の悪口なんて言うものじゃないんだな。


「仕切り直すけど、男子生徒二人を注意したのが芳川くんで、そのせいでバケツを落としたというのが、事件の真相……ということになっている」


山下は話し終えると、アラレをつまみ始めた。


ひらきが山下の通学用のリュックを見つめている。


「ねえ、りえピン……最近、誰かに怒られた?リュックに暗いオレンジが付着してるよ?」


山下がしまったという顔をした。


「いや、そんなことない……」


「ダウト!その声、嘘の感触がする」


山下が肩をガックリと落とした。


「悟くんとひらきちゃんが相手だと嘘も隠しごともできないね」


俺とひらきに気を遣って伏せていたことを話してくれた。


芳川を犯人として疑っていること、男子生徒二人を批判したこと、そして中上先生にそのことで滅茶苦茶怒られたこと。


「中上先生が生活指導室から昇降口まで私の荷物を持ってくれたんだけど、それがこんな形で露見するとはね……」


山下が肩をすくめる。


「俺たちのことで怒ってくれるのは嬉しいけど…やりすぎだぞ、山下」


「りえピンは少し過激なところがあるからなぁ。今回のは本当に駄目だよ」


ひらきに言われたのがトドメになったのか、山下がしょんぼりしながら、こちらを見る。


「悪かったって……」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る